オンラインの本屋さんbk1に、パティロというハンドルネームでいくつか書評を投稿したら、なんと、書評の鉄人に選ばれてしまいました。

で、このページを訪ねてくださった方、もしよかったら、このバナーをクリックして、本屋さんを訪ねてみてください。

もっと本を読みたくなる、とてもおもしろい書評がたくさんあります。

 

 

1.       森岡正博著『生命学に何かできるか』

2.       渡辺京二著『逝きし世の面影』

3.       森岡正博著『無痛文明論』

4.保坂和志著『この人の閾』

5.ガルシア=マルケス『十二の遍歴の物語』new

 

 

1.  森岡正博著『生命学に何ができるか』

第四章田中美津論とりみだしと出会いの生命思想 を読んで

 

「たてまえ」と「本音」の間の矛盾に気づき、おろおろする。このみっともないとりみだしのただ中に、その人間の真の姿が立ち現れる。とりみだす自分の存在そのものが語るものに直面する時に、人は自身の深いところを見つめることができるし、また、他者ともつながっていける・・・。

この田中美津の「とりみだし‐出会い」論を読むとき、私は、以前何かの本で読んだ、アフリカのどこかの人々の神について書かれていた一節を思い出す。昇る太陽を見て一人のアフリカ人が、

「ああ、神だ。」

と言う。それを聞いた外国人が、

「太陽が君たちの神なのか。」

とたずねると、彼はしばらく考えて答える。

「太陽が神なのではない。そうではなくて、太陽の昇るその瞬間が神なのだ。」

            私はこの両者に、非常に似た感動を覚える。思想にしろ、信仰にしろ、私たちをがんじがらめに縛るものではなく、私たちを導くものでなくてはならない。でも何処へ?本物の思想、あるいは信仰というものは、私たちの存在そのものを通して現れてくる瞬間、現在、行為、すなわち私たち自身へと導いてくれるものなのだろう。真理というのは、探し求める先にあるものではないのだ、きっと。

 

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2.  渡辺京二著『逝きし世の面影』(葦書房)を読んで

 

明治初頭の日本で、貧しくとも幸せな人々の生活の様子を見て感動したヨーロッパ人やアメリカ人が書き残したものを資料に、近代が滅ぼしたある文明の様態を記すことを目的として書かれたこの本を、泣きたいくらい懐かしい気持ちで読んだ。

私たち日本人が、何が何でも欧米人になろうとして抹殺した私たちの歴史は、ギリシャ・ローマ的なものこそ西欧だと決めつけたヨーロッパ人たちが抹殺した、彼ら自身のケルト文明を思い出させる。私たちが欧米と呼ぶものは、そのまま我々の文明、近代と置き換えることができるのだろう。

本書の中で、林語堂(Lin Yutang, 1895 - 1976)の以下の言葉を引用してある。

「あなた方は価値を精神的と物質的に分ける。ところが我々は、それをばひとつのものとして混同しているのである。あなた方は同時に精神的であり、また物質的であることはできない。しかし我々にはそれができるし、何らそこに衝突しなければならないものを感じない。あなたの精神の故郷は天上にあるが、我々のは地上にある。」

つまり、精神と物質、天上と地上を分裂させたものこそが、西洋近代文明だったというのだ。

            西洋近代文明は、自我というものを発展させるために必然だった。そして今、私たちは肥大化した自我に押しつぶされそうにして生きている。でも、もう後戻りもできない。

 

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3.  森岡 正博 著 『無痛文明論』を読んで

 

森岡氏自身が提唱した「生命学」を学問として構築していく過程で、『生命学に何ができるか』と対になって現れたのが、『無痛文明論』らしい。『生命学に何ができるか』の読者は、素直に感動し、友達にこの本を薦めたりするだろう。「とてもいい本だからぜひ読んでね。」と。でも、『無痛文明論』を読んだ後はそうはいかない。もし誰かが私に、「とてもいい本だから読んで。」なんて薦めたりしたら、「あなたはなんでそう思うのか。」と、からんでしまうかもしれない。だから、私はこっそり読む。そして、この本を読んで著者の挑発にのってしまったことを、誰にも知られたくない。

私たちから本物のよろこびを奪って太る無痛文明、その文明を支えているのは、他ならぬ私たち自身の「身体の欲望」なのだと著者は言う。ここでいう「身体」とは、ヴァーチャルなものに縛られた身体に違いない。実体でなく虚構にふりまわされている「身体」。一番わかりやすいところでは、資本主義社会の利潤動機と一致させるために作り上げられた、みせかけの「自由な身体」だろうか。虚構の身体を満足させたところで、本物のよろこびが味わえないのは当然なのだ。本物の「身体」は、著者が言うところの「私の中心軸」だろう。「生命」はそこに宿り、「肉体」は滅びても「私」から「私」へと受け継がれていく。「生命」を「私の中心軸」において実感できない限り、本物のよろこびを味わうことはできない。そこで私たちは、私たちが「私」だと思い込んでいる虚構の「私」を解体し、本物の「私」に出会わなければならない。本物の「私」に出会ったものだけが、本物の「あなた」に出会い、そこに本物の「愛」が生まれる。多くの人が指摘しているように、虚構の「私」の解体作業である戦いは、映画『マトリックス』を思い出させる。無痛文明と戦う「戦士」は、ニーチェのいう愛とは何か、創造とは何か、憧憬とは何か、星とは何か、そう問うてまばたきする「最後の人間」にも似ている。

著者の言うことに全面的に共感しながらも、どうしても何かひっかかる。これはいったい何なのだろう・・・。おそらく、その語り方にひっかかるのだ。絶対的な言葉で語られるドグマは危険だ。何でもその言葉で説明できる「容易さ」を提供してしまうから。「無痛文明」という言葉は、そういう独り歩きを始めるのではないか。森岡思想の大きな魅力であり原動力でもある「重層性」を見えなくさせるのではないか。それに、一義的な意味の解釈から、ユーモアは生まれてこない。ユーモアは対象から距離を置く知恵、いのちを生きていくための大切な道具だ。そして、ユーモアには、自身が主役になろうとしない謙虚さがある。

著者は読者との対話を許さない。まるで予言者か占い師のように一方的に語る。受動者におとしめられた読者は、「無痛文明」という構造内で生きていくことを余儀なくされてしまう。

「生命学」は宗教じゃないし、まして著者はグルになろうとしているわけではない。自らの「私」を追及する姿をさらすことによって、私たちに私たちの「私」を追及するよう呼びかけているだけなのだろう。それならば、「無痛文明」という言葉にさっさとさよならして、私は私で私の「私」を生きていけばいいのだ。そう思い至って、ようやくほっと息をつくことができた。

ああ、それにしても、本当にしんどい本だ。

 

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4.保坂和志著『この人の閾

   

    この本を読みながら、大学時代をなつかしく思い出した。

    私が大学に入学した頃は、まだ世の中は学生運動に対する恐れや不信といったものが続いていた頃で、うちの親は、寮に入ると先輩たちの影響でそういう運動に入りやすくなるからいかん、とか何とか言って、知り合いのつて食事つきの下宿屋を探し出した。それで、私の金沢での学生生活はそういう下宿屋でスタートしたのだった。

    それでも、しばらくすると新しい生活にも慣れ、自由な暮らしがしたくなった私は、同じ下宿に住んでいた美大を目指す浪人の女の子と一緒に貸家を見つけ出して、そこを出た。

    それは古い二長屋で、台所は土間、水は井戸水をポンプで汲み上げるもの、ねずみやヤモリは出てくるけれど、庭もあって、なかなかユニークな家なのだった。石引という界隈にあったので、友人たちはその家を石引御殿と呼び、よく遊びに来たものだ。お隣には、元気なおじいさんが独りで住んでいた。

    翌年、同居人は念願の美大入試合格を果たし入学、そうこうするうちに、ふたりの生活のペースがなんとなくかみ合わなくなり、その家は私の大学の後輩に譲って、私たちはそれぞれに別の住処を見つけ出し、その家も出た。

    次の私の住まいは、おもしろ荘というふざけた名前の下宿屋で、ここは普通の木造一軒家。一階には台所、トイレ、お風呂、小さい部屋が二つ、二階へ行くと、階段を上ったところに向かい合ってやや大きめの部屋が二つ。台所等は共同で、下に美大の日本画科の女の子がひとりで小さな二部屋を使い、上に彫刻科の女の子と私で、三人の住まいとなった。

    金沢は犀川と浅野川というふたつの川が流れる坂の多い町、この家は、小立野という医学部や薬学部のある高台から、犀川の方にほんの少し降りたところにあって、私の部屋には、犀川の方に向かって大きな窓があり、家々の並ぶ景色を眺めることができた。

    に住んでいた女の子は、彼女のボーイ・フレンドの所で過ごすことが多く、ほとんど下宿に戻ってこなかったので、実質二階の住人ふたりだけ。私たちはとても気があったので、食事も一緒にしていたけれど、彼女の友達で洋画科の男の子と、私の友達でうちの大学の工学部の男の子と4人ということ多かった。洋画科の子はとてもユニークで、雪が積もるとスキーを担いでやってきて、帰りはもっと坂を下ったところにある自分の下宿にスキーで戻るのだった

    などなど、いろんなことをいっぱい思い出したのは、この小説の語り手「ぼく」が、大学時代のサークルの部屋で真紀さんと一緒にいた頃を思い出すところによる。(ちなみに私も大学時代に映画研究会にいた。)サークルの部屋で彼ら

「親って言うのは不思議なものね。つき合っている相手なんかだと何かしゃべっていないと落着かないのに、親と二人なんかだとテレビもつけずに二時間でも三時間でも何もしゃべらないでいて少しもきまずくならないんだもんね。」

というような会話を繰り返したというところだ。

    その犀川方面を見下ろせるところにあった下宿に、ある日例によって4人でいたのだけど、それぞれ本を読んだり、タイプライターに向かったり、デッサンをしたり、特に会話をするわけでもなく、それぞれが空気みたいで、いるのがあたりまえという雰囲気だった。春の、お天気のいい日の午後だったと思う。ふと、こんな風にあたりまえみたいに一緒にいるのって、ほんとの家族みたいだと思ったのだ。それはとてもいい気分の不思議で、嬉しい気持ちになった。

    すっかり忘れていたけれど、その日のその一瞬を、そのまんま思い出してしまったのだ。

 

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5.ガルシア=マルケス『十二の遍歴の物語』

bk1で鉄人73号に選ばれたことだし・・・と、思い入れの深いガルシア=マルケスの本を引っ張り出して読み直し、書評を投稿しましょ、と一生懸命書いたけれど、この本、扱われていないみたいですね、残念。というわけで、ここにアップすることにしました。

    なぜ十二なのか、なぜ短編なのか、なぜ遍歴なのか、作者はこの本の緒言で説明しているが、そこで、作者が述べているように、この十二の短編には、ヨーロッパに来たラテン・アメリカ人の身に起こる奇妙な出来事が書かれている。

 

    最初の短編『大統領閣下、よい旅を』の中で、ジュネーヴに病気治療のために滞在している、ある国(おそらくメキシコ)の失脚した亡命大統領が言うように、「世界中のくずどもによって、一瞬の愛を覚えることもなく作られた大陸―――かどわかしによって生まれた子供たち、強姦、忌まわしい契り、いんちきから生まれた子供たち、敵と敵との間に生まれた子供たちの大陸」であるラテン・アメリカの子供たちが、コンキスタドールの土地であるヨーロッパにやってくるとき、合理性でかためられたヨーロッパ人たちには見えない世界が、ラテン・アメリカ人のねじれを通して、姿を現してくるのだろう。

 

    このねじれは死へのとおり道でもある。生きているものと死んでいるものが、互いに言葉を交わし、触れ合う場所でもある。だから、ラテン・アメリカの文学はおもしろい。時間の流れも、直線ではなく螺旋を描く。

 

    というわけで、この本の十二の短編は、ヨーロッパを舞台にしたラテン・アメリカ文学。どこまでが事実で、どこからが作者の創作なのか、作者本人にもわからないのだろう。

 

    ふたつ目の『聖女』は映画のシナリオがもとになっているはずだ。観た記憶がある。よく知られているように、ガルシア=マルケスは映画の世界にいた人だ。

 

    『八月の亡霊』には、アギーレを描いた『自由の王』の著者である、オテロ=シルバが登場する。ヨーロッパ人であるヘルツォークが、クラウス・キンスキーを主役に描いた映画とはまた一味違うこの小説の作者も、やはり死や死者との交信を喜ぶひとりだ。

 

    『トラモンターナ』で描かれるカタルーニャ地方カダケスの、おそるべき風トラモンターナは、確かに狂気を運んでくるし、ほんの少し前まで陸の孤島とも言えたその土地に至る海沿いの道が、死と隣りあわせというのも本当の話だ。

 

    私が一番好きなのは、最後の『雪の上に落ちたお前の血の跡』、美しい花嫁がバラのとげで指にけがをし、細く細く流れる血が止まらない・・・。美しい物語だと思う。

 

    それにしても、これらの小説に描かれる死には、悲しみも恐怖もほとんど感じられない。あたりまえのものとして、そこにいるだけなのだった。なんとも不思議な世界である。

 

 

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