大阪府立大学人間社会学部人間科学科森岡研究室学生レポート (2007年度)

 

群衆行動とは何か
〜いかに人は凝集し、いかに動き出すのか〜

衛藤俊輔


 

 

はじめに

 

 私にはずっと気になる事があった。フランスで労働者階級による暴動が発生した。中国で反日デモがおこなわれた。アメリカでだれだれの政策に関して抗議行動がおこなわれた。そんなニュースを耳にする事がよくある。しかしそんなニュースについて、いつも思うことがある。「日本ではこのようなことは起りうるのだろうか?」と。確かに日本は豊かな国であるし、ひとりひとりの生活水準は高い。このような暴動を起こすのは貧困層に多いと思われるので、ひとりひとりの生活水準の高い日本には起きにくいと考えることもできる。だが原因は本当にそれだけであろうか。現代の日本の中でも人々の生活を脅かすような問題はまったくないことはない。だがそのような問題が起きているときにでも、いつも私が思うのは、「自分の周りの世界で大きな問題が起こっていると感じるが、そう思っているのは自分だけなのか」と思うくらい周りは静かな気がする。静かというかそれが起きていることに対して無関心のように思えるのである。これほど政権交代というものが起きない国も珍しいがこれも日本人の無関心さに関係しているのだろうか。なぜいろんな国で起きている事が日本では起きないのだろうか。それがこのレポートを作る上での出発点だったといえる。それから、わたしの疑問は広がっていく。そしたら政治的、社会的な群集行動が起きる社会と日本のような、このような群集行動が起きない社会ではどのような違いがあるのだろうかという疑問へと変化していった。わたしたちのパーソナリティのようなものは環境によって左右する部分も多いので社会や時代に関係あるのだろうかと。そして最終的には、群衆行動は時代の雰囲気、社会といった世の中にある、いろいろな事象のなかで、どのような要因によって影響されて顕著になるのかという問題を考えてみようと思うようになった。

 このレポートは以下のような構成になっている。まず1章では大衆行動は何によって影響を受けているかについて考察していく。そこで注目したキーワードとして「民主主義的デモクラシー」(注:このレポートでは『民主主義的デモクラシー』という言葉を再三使っているがこれは私の中で民主主義の精神、人は誰からに対しても自由であるという意識といった意味を持った言葉として使っているのでそこら辺は違和感のあるフレーズであるかもしれませんが、そのような解釈をお願いします)「欲望の質」、「権威主義」である。この3つの観点から群衆行動に関して考察していく。2章では現代の日本で最も群衆行動が顕著なものと私が考える「流行」について1章で挙げたキーワードも用いながら考察していき、そこからみえる現代日本についても考察していきたい。そして終章である3章では1章、2章で解ったことを踏まえて自分の感じた事を簡単に述べていきたいと思う。

 

1章  群衆行動とは〜群衆行動のありかたに影響を与えるもの〜

 

 この章では群衆行動について分析していきたい。まずは先ほども紹介したがここでは「民主主義的デモクラシー」、「欲望の質」、「権威主義」という3つのキーワードを手がかりに分析していきたいと思う。そしてこの3つのキーワードは「群衆の性質」、「群衆が動き出す動機」、「群衆を凝集させるもの」という、群衆行動を構成する3つの要素を分析する上で重要なものと私は考える。つまりこの章では「民主主義的デモクラシー」、「欲望の質」、「権威主義」という3つの要素を使って「群衆の性質」、「群衆が動き出す動機」、「群衆を凝集させるもの」という群衆行動を構成する3つの要素に関して考察し、群衆とはなにかを明らかにしていく。

 

1節  群衆の性質とは〜「民主主義デモクラシー」というキーワードから

 

 ここでは群衆の性質について取りあげ、分析、考察していきたい。まず群衆の性質という表現はとても曖昧であり、いろんな意味の解釈ができるものであるので、ここで軽く説明しておく。時代や社会によっていろんな形の群衆が存在するがここでは「群衆の性質」の中の「反応」という側面からみてみたい。世の中の動きに対して敏感に反応してなんらかのアクションを起こすのか。それとも静観しているのか。形として静観していたとしてもそれは無関心であるからなのか、それとも声を挙げることにためらいがあるだけなのか。「反応」という側面からみた群衆の性質についてここでは述べていきたい。

 ではまず「民主主義デモクラシー」を使って3つに時代、社会を分別してみる。

 

@ごく少数の権力者が民衆を動かし、それに少数の知識人が異議を唱え、それに共鳴する人が多くなり、そして民主主義社会が成立へと至った時代、社会。ごく少人数の人間が、人間1人1人の自分自身の至上権を主張し、それに共鳴する人間が出てき、それを獲得するにいたった時代、社会。

 

A民主主義というもの、基本的人権というものが人々にとって自明のものとなった時代、社会。彼らにとってそれは疑いのないものとなっており、それを持っていることに何の違和感もない。そのような時代、社会。

 

Bもはや基本的人権、民主主義みたいなものが自明どころか意識することもなくなり、どこか忘れられた存在になる。もはや社会はごく少数の特権階級の人間が動かしているのでもなく、かといって民衆が動かしているのでもなく、なにかベルトコンベアのように勝手に動いているように、もはや気にしなくても、誰が手をつけなくても勝手に動いているように人々が感じる時代、社会。

 

 このように「民主種主義デモクラシー」を用いて3つに大別してみたが、この3つの中で群衆のあり方はどのようにかわっていくのだろうか。

 まず@についてである。彼らは民主主義を手に入れた。しかしそれは昔から彼らのなかにあったものではない。そのことが彼らの行動に大きな影響を与えているように思われる。“大衆の反逆”{オルテガ・イ・ガセット 白水社}の67Pでは著者は19世紀のヨーロッパを例に出してこのように述べている。「19世紀全体を通じて大衆はそうした権利の思想に対してそれが理想であるかのように熱中しておこなったのだ〜省略〜『民衆』はすでに自分達が至上者であることを知っていたが、それを信じてはいなかった。」この記述の中で重要なのは「至上者であることを知っているが、それを信じていなかった」という記述である。それがこの時代、社会の彼らを謙虚で静かな存在にさせたといえるのではないか。彼らは自分の権利を高らかに主張することにどこかためらいがあった。それはやはり民主主義的デモクラシーをまだ手にしていない時の自分という存在があるがためではないかと思われる。その、未だ自分の中に存在する、民主主義の精神を当たり前のものとしない自分が行動をためらわせる。いくら自分たちの権利を主張することが正論であると理性では感じていたとしても、それを行動に移すほど彼らは自分の権利を信じきれていなかったように思われる。だからこそ目立った群衆行動はそれほど起きなかったし、それほど社会的な問題にも彼らは関与しなかった。彼らの中に「社会を動かすのは自分たちひとりひとりではなく、限られた少数の人々である」という観念が未だに根強く残っていたから人は目立った群衆行動も社会的、政治的な行動も起こさなかったのかもしれない。まだ自分たちの権利に疑心暗鬼であった群衆。これが@の時代、社会の群衆の性質といえるのではないか。

 ではAの時代、社会における群衆の性質とはどういうものなのか。民主主義の精神、自分の至上権は自分にこそあるという観念も確立されたものとなってくる。“大衆の反逆” の67Pでは著者は「19世紀全体を通じて大衆はそうした権利の思想に対してそれが理想であるかのように熱中しておこなったのだ〜省略〜『民衆』はすでに自分達が至上者であることを知っていたが、それを信じてはいなかった。ところが今日では、かつての理想は現実となった。しかもそれは社会生活の外面的な図式である法制において現実になったのではなく、思想の如何を問わずあらゆる個人の根底において現実となったのであり、たとえその思想の持ち主が反動的であってもその例外ではないのだ。」述べている。「それが反動的の思想の持ち主であっても」という文で強調されているように、もはやこの観念は自明のものとなった。そうすると群衆はとても社会的、政治的な出来事に敏感で一種、野蛮な存在となる。何事にも首を突っ込むようになり積極的に自分の権利を主張するようになる。このような大衆のあり方について、20世紀の西欧についての群衆についてオルテガ・イ・ガセットは“大衆の反逆”の62Pで「現代の特長は凡俗な人間が、自分が凡俗であるのを知りながら、自分が敢然と凡俗であることの権利を主張し、それをあらゆる所で押し通そうとするところにある。」と述べている。つまり彼らは自分の権利をどこか過大に解釈した様な形となり野蛮な行動に出ているように思える。このころになると大衆の存在というものは権力者にとっても無視できない存在となってくる。@の時代、社会の記述の中で彼らの中で「社会を動かすのは自分たちひとりひとりではなく、限られた少数の人々である」という観念がいまだに根強く残っていたと述べたが、逆にこれがAのようなそこから民主主義が進歩した、時代、社会になってくると彼らの中で「社会を動かすのは自分達である」という観念が強固になってきたといるのではないかといえる。そのような観念を強固にさせたのはやはり民主主義的デモクラシーの発展、自分の至上権は自分であるという観念の確立にあるといえる。この2つの時代、社会を大別するうえでこの観念が人々にとって揺るぎない強固なものとして確立されたことが大きいように思える。

 そして最後にBについてである。Bの時代、社会では人々は自分の至上権のようなものを感じる機会さえなく、先ほど述べたような「社会を動かすのは自分たちひとりひとりではなく、限られた少数の人々である」という観念もなければ「社会を動かすのは自分達である」という観念すらもどこか希薄になっている。むしろ「社会を動かす」という事自体に対して意識が希薄なように思える。そうなるとどうなるか。彼ら群衆はほとんど自分たちの権利を主張するような行動にはでない。現代の日本社会をみればわかりやすいのではないか。群衆の存在自体は大きなものとなっておりその存在は時の権力者にとってはかなり脅威な存在であるのだが彼らほとんど動き出そうとしない。いつも眠っている獅子のような存在になっている。現代の日本社会がこれに当てはまるのではないかと思われる。

 しかしこのBの時代、社会をこの節のキーワードである「民主主義デモクラシー」で論ずる上でBとAを区別するのは、これだけでは説明が足りないように思える。この「民主主義デモクラシー」の観念はAの時代において確立されているのであり、そのAの社会が時を経て存在するのがBの社会、時代なのであるので確立されてないということはない。なのでこの時代においても群衆はやはり時に野蛮にいろんな場面でも自分らの意思を主張しようとするのではないか。しかしながら現代の日本のように、もはやこの観念が自明どころか存在しないもののように感じてしまい、群衆が静かな状態になっている社会が存在しているのも事実である。それではAとBの違いを明らかにしてくれるのはなんなのだろうか。この問題に関しては次の節で述べることとするとする。

 

 このように民主主義デモクラシーが人々にどのように浸透しているかによって人々に心理的な影響を与えて、それが群衆行動に影響していることがみえてきた。群衆行動があまり存在しなかった時代、社会では人々は自分の権利を主張することは正しいと思っていたが、またそれを否定する人がいることもまた知っていた。しかし群衆行動がとても顕著になった時代、社会ではもはや皆、否定も肯定もなくこれを当たり前のもののように思っている。人が何か主張や大きな行動する上で全ての人の同意があれば、これほどしやすいものはないと考えられる。もちろん一つ一つの行動に全員の同意があるわけではない。しかし「自分の権利を主張するために行動する」というものに異論を唱える者はいない。そして誰の同意もあるような(もちろん以前より)行動であるのなら、一種、“気軽”に行動できるといえる。それが群衆行動をより大きくさせたのかもしれない。

 

 

2節  群衆が動き出す動機とは〜欲望の質〜

 

 先ほどの節でのAの時代、社会とBの社会の区別するものが民主主義デモクラシーという観念からではなかなか明確なものはみえてこない。だが実際のところ、この二つの群衆のあり方には明確な差が存在するのは事実である。それではこの節では「欲望の質」というキーワードを用いて考察していきたいと思う。そしてここでは「群衆が動き出す動機」というものについてもこのキーワードにして明らかにしていきたい。先ほどの節で問題としていたのは、いわば車でいうタイヤについての議論であったとしたら今度の問題は群衆を動かすエネルギー、ガソリンは何かという議論である。もうちょっとわかりやすくこの二つを関連して説明すると、まず群衆が、そして人が動く上でまず「〜である」とか「〜がしたい」とかいった動機がまず先に存在してその後から先ほどの節で中心であった、行動に移すか、移さないかという心理的な問題が発生するのである。この節では大衆の行動の根底にある動機の問題を「欲望の質」というキーワードをもとにして考察していく。

 ここで「欲望の質」というキーワードをもとにして先ほどのように分けていきたいと思う。ここでは2つに大別できる

 2つのうちのひとつは「“生きる”ということに困難がある時代、社会」であり、もうひとつは「“生きる”ということにどこか希薄な時代、社会」であるといえる。

 まずは「“生きる”ということに困難がある時代、社会」について。社会的に安定しない時代、まだまだ一般大衆の生活水準が決して高くなく、日々生きることに必死な時代である。このような時代であれば人々の欲求は生存の方向へと向かうであろう。そうすると生存欲求に敏感な彼らは社会的な問題、政治的な問題に敏感に反応するのではないだろうか。自分の生活水準の改善を政治的、社会的措置に求める人も多いだろう。だからこそ政治的、社会的な問題に対して自分らの意見を取り入れてもらおうと彼らは群衆行動へとくりだすのではないかといえる。先ほどの節との関連でいえばこの時代、社会はさきほどの節の@とAにあたるといえる。それでは@とAの違いは何かといわれれば先述したように民主主義的デモクラシーとの関連である。

 それでは次は「“生きる”ということにどこか希薄な時代、社会」についてである。先ほどの時代と逆に社会的に安定してきて、一般大衆の生活水準もある程度高くなったらどうなっていくだろうか。やはり彼らの生存欲求は薄らいでいくだろうし彼らの社会や政治に求めるものもなくなっていく。そうなると彼らの政治や社会的のものに対する関心はなくなっていく。だからこそ群衆は社会的な問題に対して自分の意思を発することにあまり意味を感じていないのでそれほど行動に移さないのである。

 そして生存の欲求を満たした彼らは何を欲するのであろうか。生存欲が満たされれば次は人に認められたいとか、目立ちたい、愛されたいといった感情や自己顕示欲のようなものが出てくるのでないだろうか。

 マズローの欲求の階層構造(1)では

(1)生理的欲求

(2)安全と安定の欲求

(3)所属と愛の欲求

(4)承認欲求

(5)自己実現の欲求

となっている。この理論で当てはめていけば「“生きる”ということにどこか希薄な時代、社会」はもう既にマズローの欲求の階層でいうとこの(1)と(2)は満たしているといえる。なのでこの理論からすれば(3)、(4)が彼らの向かう欲望となる。そこでやはり出てくるのが現代の日本の社会の最も顕著な群衆行動だと私が感じる流行というものが出てくるのではないかと考えられる。流行というのは一種、社会、世の中が認めた価値観みたいなもの。それに乗っかるというのは社会に認められたいとか、他人に評価されたいとかいった欲求ゆえではないかと思える。現代の日本人が流行に乗っかろうとするのは現代の日本人の主要な欲求が自己顕示欲や自分を認めて欲しいという感情に向かっているからともいえるのではないか。他人に認められたい故に流行に乗っかる。より他者の視点を気にしだしたと故ともいえる。このように社会が安定して一般大衆の経済水準が安定する事によって一般大衆の人々の欲求の質が変ってくる。欲求の質が変った事が群衆行動の形を変化させているといえるのではないか。

 

 もうひとつ欲求というキーワードから群衆行動を規定するものとして「欲望(不満と言い替えてもいいが)の焦点化」ではないだろうか。欲望の対象が明確であれば群衆行動は起きやすいのではないかと思える。集合行動論{J・B・ペリーJr M・D・ピュ― 訳者 三上俊治 発行所 平松一郎 発行所 株式会社東京創元社}のP211のなかで暴動の説明理論として『「剥奪―欲求不満―攻撃(DFA)」仮説』というのが挙げられている。剥奪とは「社会的な劣悪な環境などいったもの」であるのだが剥奪が彼らの欲求を駆り立てるのと同時により焦点化させているのではないと感じる。勝負事などで「“敵”をはっきりさせたほうが戦いやすい」という理論を持ち出す人も多いが(それは敵がはっきりすることで目標がはっきりするのでより戦いやすくなるためではないかと考えられる)それと一緒ではないだろうか。生存に対する欲求は目に見えた分かりやすいものが多いといえる。食べ物がない。戦争に反対。下層階級の地位向上・・・いずれもはっきりしたものが多く、その当事者も自覚しやすい。しかし現代の日本のような社会ではなにか欲求不満みたいなものはあるが何が不満で、どう解決すべきかというのがわかりにくいのではないかと思える。さきほど現代の日本人は自己顕示欲、人に評価されたいという欲求が強いのではないかと述べたが、それは本人がなかなか自覚しにくい問題であるし、それを自覚したとしてもそれをなかなか具体的な行動に移していくのも生存の欲求に比べれば難しいのではないか。このような問題もあるので「“生きる”ということにどこか希薄な時代、社会」では、顕著な群衆行動はあまりみられないのではないのだろうかと思える。

 

 このように「欲望の質」という側面から群衆について述べてきた。この節で先ほどの節でいまいち不明確であった先ほどの節のAの時代、社会とBの時代、社会のそれぞれの群衆行動の違いを裏付ける要因もここではっきりしたと思われる。「“生きる”ということに困難がある時代、社会」は欲求の対象が生存という欲求だからこそ、群衆を群衆行動に 駆り立たせ、その欲望の明確さもまた彼らの、より多くの群衆行動の要因になっているといえるし、逆に「“生きる”ということにどこか希薄な時代、社会」の人々は欲求の対象が生存から外れてしまった故に彼らに社会的、政治的な問題から関心を奪い、“静かな群衆”という形態を作り、欲望の対象も自己顕示欲といった内面に関わる曖昧なものだったことも“静かな群集”の形成になっていったといえる。

 

註(1)マズローの欲求の階層構造についての詳しい記述は

http://www7.ocn.ne.jp/~sephirot/mazuro-.htmを参照

 

3節  群衆を凝集させるもの〜権威主義〜

 

 さきほどの2節で挙げた二つのキーワードが群衆のあり方を変えさせるものであるとしたら、大衆の形成において変らずにひとつの役割を果たしているのがこの節で取りあげる「権威主義」ではないだろうか。さきほどまでの2節で述べてきたのは「群衆が動き出す要因とは何か」という問題についてであった。1節では実際に行動に移すか移さないかの境目という場面について、2節では行動の根本である動機の問題についてそれぞれ、キーワードを挙げて考察してきた。しかしこの節で取り上げるのは動き出す要因ではなく「ひとりひとりの人間を群集とし、1つに凝集させるものとはなにか」というものである。近代社会の成立以来いろんな時代、社会においても多かれ少なかれ群衆行動は存在してきた。彼らはなぜ大きな集団を形成し行動へと至ったのか。ここでは彼らひとりひとりを凝集させるものとして「権威主義」を取りあげ、そこから考察していく。

 まず民主主義社会が成立する前、強固な階級社会が存在していた。人々がその階級間を動く事もできず、自由とはいえない社会であった。しかしそこには「自分の居場所はここである」という安定性があった。“自由からの逃走”(E・フロム著;発行所 東京創元社)でE・フロムは西欧の民主主義発展以前の西欧社会を例に挙げ「中世の人間は孤独ではなく孤立してはいなかった。生まれたときからすでに明確な固定した地位をもち人間は全体の構造のなかに根をおろしていた。人生の意味は疑う余地のない、また疑う必要もないものであった」と述べている。彼らは自由ではなく、権威と密接に繋がっていた。自分のいる社会的地位は固定されていて変わることはない。しかしそれが彼らに自分の「居場所」を持たせ、それが彼らを安心させているといえるのではないか。

 しかし民主主義的デモクラシーが発展し、彼ら一般大衆は自由を手に入れた。しかしそれにより彼らは「孤独」という問題と対峙しなければならなくなった。“自由からの逃走”では「人間はとざされた世界のなかでもっていた固定した地位を失い、自己の生活の意味に答えるすべをなくしてしまう。その結果、自分自身についての、また生活の目標についての疑惑がふりかかってくる。かれは強力な超人間的な、資本や市場の力におびやかされる。仲間に対する関係も、すべて心の奥底には競争心が巣くっていて敵意に満ちた空々しいものとなった。かれは自由になった――いいかえれば孤独で孤立しており、周囲からおびやかされているのである。」自由になった結果、彼らは孤独な存在となり、彼らにとって精神的に安定した生活はなくなっていった。そして自分の「飼い主」は自分となり自分は何ものとも繋がっていない存在となってしまった。故にすべての自分の行動に対して自分で考え、決定しなければならなくなる。いろんな可能性が膨らみ、選択ができるぶん、自分の意味を考えるようになる。そして選択における責任は自分に出てくる。今までは物事の決定において自分で決定を下す必要はなかった。自分を繋ぐ「権威」の、下す決定に従えばそれでよかったのだから。しかし民主主義が発展した社会では自分を繋ぐ存在はいない。それに対して人は怖くなり責任や行動原理を何かに委ねようとする。そこで大衆がすがった存在が群衆というものであったように思える。ナチズムの発展というものがこの理論の例として適切ではないだろうか。民主主義的社会の20世紀のドイツ。第1次世界大戦の敗戦の影響で不安定な社会においてでてきたのがナチスである。彼らの孤独な気持ちがなにかと繋がっていたいという気持ちを生み、そしてナチスの強力な力に彼らはすがっていき、大きな群衆が成立されたといえる。このように自由と権威の問題が彼らをより群衆の一部になる事に駆り立てるのではないかと思われる。

 では現代日本のような群衆行動があまり現われてこない社会、時代ではどうなのであろうか。やはりこれも「流行」という現象を分析していけば現代日本のような社会でも自由と権威の問題は見えてくる。判断、決定を委ねるという点では流行に乗っかるというのは取り上げた近代の西欧の人間が群衆の一部へと同化していくという過程と流行の発展は共通点があるといえる。流行という「一種の権威」にすがっているといえるのではないか。流行の中に自分が同化して、流行が生み出す“時代の先端である”というポジティブなイメージを自分に取り入れることによって自分を満足させ、流行に乗る事でひとつの権威との繋がりを持つことで自分を安心させようとしている。その時代、時代で社会的にポジティブだとされるもの(いわば流行)に本質的な価値を見出していなくてもそれになろうとする、それを得ようとする。それは一種の権威にすがっているといえるのではないか。流行という1つの「権威」が示した判断に自分の判断を委ねているという点でそれは先ほどの群衆行動と権威の関係と共通している。この現象はやはり近代西欧社会で説明したのと同じように、自由な存在であるからこそどうしていいかわからないという孤独感からくる。だからこそ権威にすがろうとするし、権力に認められようとする。孤独な存在であるからこそなにかに認められたいと思うのではないか。認められたいという欲求は誰かと繋がっていたいという欲求と似ているといえるのではないか。その集団に認められたいという感情はその集団に所属したいという感情につながっていくものであるように思えるからである。流行とは社会、大衆が一時的であったとしても価値を認めたものであるのでここで流行を一種の権威として解釈してもいいのではないだろうか。

 このように現代日本のような安定した社会であっても権威にすがろうとする傾向はいまだあることが垣間見られる。

 

 この節では「権威」というキーワードをもとに「群衆がどのようにして凝集するのか」という問題について考察してきた。群衆行動の形がどのように変化していって、ひとりひとりの人間を群衆という1つの固まりに凝集させるのは「権威へすがりたい」という人間の弱い感情にあるのではないかといえる。人間は自分ひとりでは生きていけない。どこかで誰かに頼ろうとしてくる。そういった普遍的な人間の感情がいつの時代も人々を何かと繋がらせたと言え、民主主義以前の階級社会の絶対的な権威がなくなってからは、群集という1つの固まりに人々はすがろうとし、それにより群衆は勢力を増すのではないかといえる。それは1節のBのような時代、社会においてもそれは変らないといえる。

 

 

4節 群衆の行動理論の説明〜3つのキーワードを交えて〜

 

 この節では群衆の行動理論を取り上げ、それを1,2,3節で取りあげた「民主主義的デモクラシー」、「欲望の質」、「権威主義」という3つのキーワードを混ぜながら分析していく。

集合行動論{J・B・ペリーJr M・D・ピュ― 訳者 三上俊治 発行所 平松一郎 発行所 株式会社東京創元社}のなかで「敗者の理論」というものが取り上げられていた。以下がこの理論である

・敗者の行動                                               

「ホッファー(E Hoffer)の『大衆の不満』モデルによれば政治運動や集合的暴力行為に参加することは『人生に敗れた空しさ』からの逃避ということが示唆されている。能力その他の帰属的特性はどのような社会においても決して平等に分配されていない。ホッファーによれば、このような状況は、競争にもとづいて成功が決定されるようなシステムでは常に多数の『敗者』を存在することを意味している。」

「集合行動はどのような社会的不適応者に対しても自分自身から逃避し、惨めな人生から逃避し、失敗から逃避する道を与えてくれる。私たちが自分自身の人生に失敗するときには、他の人々の生活に干渉したり、噂話をしたり、勝つ見込みのないゲームを御破算にするための陰謀を計るだけの時間的ゆとりが生まれる。ホッファーによればうっ積した不満は、機会が与えられればいつでも、そのはけ口を求めて敵意や攻撃という形をとって噴出するだろう。」(253頁)

 

 まずこの理論を分析していく上で前提となるのは「競争によって敗者が生まれた」ということである。民主主義的デモクラシーが発展したことが群衆行動に大きな影響を与えてきたというのは散々述べてきたが、ここでは民主主義的デモクラシーの発展における別の側面であり、今まであまり語られなかった側面である、階級社会の崩壊、自由競争社会の到来がこの「敗者の発生」に関係しているといえる。階級が崩壊したために自らの力で上へとのしあがれる人も存在してくるがそれと同時に落ちていく人間も存在してくる。このように民主主義的デモクラシーの発展がこの群衆行動に大きく関係しているように思える。そして「集合行動はどのような社会的不適応者に対しても自分自身から逃避し、惨めな人生から逃避し、失敗から逃避する道を与えてくれる。」という文からみえてくのが権威との関係性ではないだろうか。自分の失敗から逃避するために群衆行動に参加する。それはなぜか。群衆という集団に所属することで自分の今の状態を忘れさせることができ、多数の集団と一緒にいることで安心した状態となる。群衆の一部となっているときの彼の状態はいわば“流れになすがまま”であり自分の意思は希薄で、全ての判断を群衆に委ねている。群衆という権威に自らの行動を委ねているといえる。

 このように1つの行動理論を分析する上でふたつのキーワードが出てきた。いろいろな要素が合わさって群衆行動は成り立っている事がこの解説で垣間見えてくるといえるのではないか。

 

 

5節  まとめ〜群衆行動とは〜

 

 以下4節で群衆行動について分析してきた。いろいろなキーワードから群衆行動を見てきたが、群衆行動を語る上で大事なキーワードは「民主主義と自由」という問題と「不安」といえるのではないか。欲望というキーワードからも見つめてきたがそれは動機の問題であり、それは「群衆がどのように動くのか」という問題と「人々はどのように動くのか」という問題を明確に区別できていないように感じる。ここで明確にしたいことは「ひとりひとりではなく群衆という大きな塊がどのようにして大衆行動へと動くのか」ということである。そのなかで民主主義の発展及び、自由の獲得、そして「不安」というものがこの問題の分析にたいして重要ではないかと感じる。民主主義の発展によって人は自由を獲得するに至り、ひとりひとりの至上権のようなものはそのひと、個人が手にする事となった。そこから群衆行動は始まっているといえるのではないか。1節で述べてきたが自分の権利を手にし、それが当たり前のようなものになったからこそ人は公然と自分の権利を主張するようになった。それが群衆行動の活発化へと繋がった。そして自由を手にしたことにより逆に誰とも繋がっていない孤独な存在となり、それにより誰かにすがりたいという感情が強くなり、それにより群衆の一部へと入っていくようになり、群衆は勢力を増していったといえるのではなかろうか。歴史上において人々は基本的人権の獲得、民主主義の成立のために奔走してきた。しかし獲得にいたってから、それにより人々は、今まで人々にとって脅威の存在でしかなかった「権威」というものをまた欲しがり、結局のところ群衆というものをまた大きな「権威」へと作りあげたといえる。

 そしてもうひとつ重要だと感じたのが「不安」であるといえる。1節のAの時代、社会において彼らを突き動かしていたのはやはり「不安」ではないだろうか。そして自由と権威の問題でも彼らはやはり自分の状態が不安であったために群衆という名の権威にすがろうとしていたのではないか。それでは1節のBのような現代の日本の社会にそれを当てはめてみるとどうだろうか。彼ら、大衆が静かなのは「不安」が他の時代、社会に比べて薄いからではないだろうか。それとも不安を感じていない鈍感なだけなのだろうか。それとも不安が焦点化されてないのであろうか。そこら辺は疑問が残ったままとなった。

 

2章 流行研究からみる現代の日本の社会

 

 1章では3つのキーワードを挙げて群衆について述べてきた。その関連で現代の日本のような群衆のあり方について「流行」というキーワードを挙げてきた。この章では流行というキーワードを使って現代の日本社会の群衆について分析していき、そして今の日本社会について述べていきたいと思う。

 ここで流行の例としてあげるものとして「自分らしく生きることへの社会的な賛美」を挙げる。流行というものとはちょっと違うかもしれないが現代の日本社会でポジティブなものとして思われている観念としてこれを挙げてみた。これは「学歴社会神話」みたいなものが崩壊し、それの反動として今までの学歴をつけて社会が“よい”とする会社に入ったとしてもその先が「不景気によるリストラ」であったり、高学歴をつけても最終的にはオウム真理教のようなカルト宗教への入会であったとしたら意味がないという社会的な観念から、「それなら人の目を気にせずに自分らしく生きるほうがいいのではないか」という観念が広がり「自分らしく生きることへの社会的な賛美」という観念が確立されたのではないかと私は感じる。「自分らしく生きる」という点は今まで挙げた他人に認められたいとか、自己顕示欲とはちょっと違うもの、他人がいたとしてもそれはそれとして、自分の判断、価値基準を大事にして生きるという風にみられるように思える。今までの話から関連して述べるのなら社会や大衆といった権威が持つ価値観があったとしても、それに自分の判断を委ねるのではなく自分の価値観に沿って行動するというものといえるのではないか。しかしほんとにそうであろうか。私は「自分らしく生きる」という社会で持てはやされる観念を人々が共有しているだけのように思える。つまり今までの「権威」の理論と同じで「自分らしく生きる」といういわば流行に皆が乗っかっているだけではないだろうかと感じるのである。「自分らしく生きる」ということと「“自分らしく生きる”という流行に乗って生きる」というのは違うといえる。「“自分らしく生きる”という流行」は「自分らしく生きる」という観念に今までの社会で共有されてきた規範、常識のようなものが加えられているように思える。

 これと同じものとしてファッションの流行で「自分らしさ」「個性的」というキーワードが盛んに挙げられる。これは流行に流されずに自分の好きな格好を着ることが「良い」とされていることのようである。これも先ほどの「自分らしく生きる」の理論と同じように流行という権威から離れて自分固有の価値観を持っているように思える。だがそうだろうか。結局のところ、人々のしている格好は自分の好きな格好ではなく「“自分らしさ”、“個性的”というエッセンスを取り入れた格好」になっているように思える。これも「自分らしさ」のトピックと同じで、真の意味で「自分の好きな服を着る」のではなく結局のところ、「“自分の好きな服を着る”という流行」に乗っかっているのに過ぎないように思える。この流行も「自分の好きな服を着る」ことに社会や群衆が持つ規範のようなものが付け加えられているように思える。

 このように現代の流行はとても複雑な様相を呈しているといえる。「自分らしさ」という、流行という「権威」とはとてもかけ離れた観念が流行になっているのであるから。この問題をどのように考えるか。これは日本人の個人主義、権威からの逃避に対する憧れと権威に対する後ろめたさが混ざった結果ではないだろうかと感じる。よく日本社会は横並び社会であるといわれ、個性を出すよりも、周りとの協調が“良い”という観念が長い間、共有されてきた。しかしバブル崩壊以降そういった日本型社会システムに対して日本人は懐疑の目をみるようになり、欧米の個人主義というものに憧れを抱くようになった。これは欧米に対するコンプレックスとも重なって強いものとなったといえるのではないか。しかし他者の視点、社会や大衆といった「権威」を常に意識してきた日本人にとってこれらの権威をすべて捨てて自分の価値観だけで自分が生きる上での全ての判断を下すことはできなかった。このような事情があったのでこのような流行が生み出され、人はそれに乗っかったのではないだろうか。流行という「権威」が自分の憧れであった「自分らしく生きる」という観念を肯定してくれているのだから人はこの流行に乗るだろう。だがこれはほんとの意味で自分らしく生きるとは違う。「自分らしく生きる」という流行という名の「権威」に沿って自らの判断を下しているし、先ほど説明したように。「自分らしく生きる」という事と「“自分らしく生きる”という流行」は違うからである。

 権威から離れたいという願望と権威に対する後ろめたさの関係もこの問題と語る上で大事のように思える。実際、今の社会ではブランドの服ばかりをつけている人間をファッション的にも評価しなかったり、その逆で、学校で多少校則を破っている人間を憧れの目でみたりするがそれは「権威」にあからさまにすがっている人間を“良い”と思わずに「権威」から距離を置いている人間に対して好感をもつ傾向を表しているといえる。つまりここからわかることとして、人は権威から離れたいという願望も持っていることではないか。しかしあからさまに自分は「権威」から離れることはできない。このように現代の日本人は「権威」というものに離れたいと思っているが、やはりどこかで完全に離れられないという感情を持っているといえる。この複雑な問題に対して人はそれに気づかずに生きているように思える。個人主義に対するあこがれ、権威から離れたいという気持ちと権威に対する後ろめたさがこのような現象を彼らに作り出させたのではないか。「権威から離れたい、でも離れられない」という無意識の感情がこのような流行を作り出しているように思える。

 

 

まとめ

 

 このように群衆の問題、流行の問題を取り上げたが、そこで感じた事として「人は常に何かと繋がっていたいと思っている」ということである。階級社会がなくなった近代西欧でも人々が群衆を形成し誰かと繋がっていようとしたし、流行の形成、発展に大きく関わっているのはどこかに所属したいとか、誰かに認められたいとかいった感情である。この人々の「常に繋がっていたい」という感情が大きな力を生み、これが政治的、社会的な出来事に影響を与えてきた。これを利用して、世界を動かそうとしたナチスのようなものも存在した。結局のところ大きな集団もひとりひとりのちょっとした感情からだんだんと勢力を増しているのだというのが垣間見られたレポートとなった気がする。

 

 

 

参考文献: “大衆の反逆”{オルテガ・イ・ガセット 白水社}

      “自由からの逃走”(E・フロム著 東京創元社)

       集合行動論{J・B・ペリーJr M・D・ピュ― 訳者 三上俊治 株式会社東京創元社}

“欲望を満たしながら成長する マズローの自己実現心理学” http://www7.ocn.ne.jp/~sephirot/mazuro-.htm

 

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