大阪府立大学総合科学部人間科学科森岡研究室学生レポート
平等のための道筋を考える
大原創太
1 はじめに
2005年4月25日午前9時19分頃、JR福知山線で電車の脱線事故が起こった。その事故によって、死者107名、500人以上が重軽傷を負い、大規模なものとなった。
大阪在住の私は、関西圏に多くの友人、知人がいる。この事故の報道を耳にした時、私の友人が被害者になっているのではないか、と感じた。そしてテレビで報道されている死亡者のテロップに目を向け、知っている名はないか、と調べた。結果は、その心配は取り越し苦労に終わり、知らぬ名だけが出てき、ほっとした。そしてテレビを消し、自分の用に取り掛かった。その事故は、知らぬ人の名前だけが出てきた瞬間に私にとって、あまり関係のないものとなったのである。もちろん被害者や遺族の方々にとっては辛いことであるだろう、と想像はできる。二度とこのような事故が起こって欲しくない、と願わないことはない。しかしやはり私は、誰がなんと言おうとその時事故から少なからず、興味を失ってしまったのである。
私はその感覚に違和感を持った。多くのいのちが失われたのである、多くの存在がこの世から姿を消したのである。
存在の平等、私は普段そのようなことを考えていた。どのような存在であれ、それはかけがえのないものである。そしてその存在は、すべてつながりがあり、大切な、必要なものなのだ。私はそのようなことを、文学から、映画から、専門書から、様々なところから学び、そのことを自分に偽りなく感じたいと思っていた。そのようなことを願っていた私にとって、この違和感は、様々な私の押し隠していた感情を呼び起こした。そのことについて、考えていく。
本稿の構成を記す。2節では、日常の、存在を否定したい場面を考える。そして3節への橋渡しをする。その3節では、人は人を平等に思わなければならないことについて考える。ここで、平等と捉えるのは難しいのではないか、と示す。そして4節では、不平等を押し隠す気持ちを開く、ということを考えていく。話が様々なところにいくが、まとめで本稿全体を一つの流れにまとめたい。
2 日常的な不平等の場面
一つの場面を想像してもらいたい。あなたは電車に乗っている。そして隣の車両から、障がいを持つと思われる人が、あなたの座っている車両へとうつってきた。そのようなことは、日常としてあることだろう。そして私を含め、多くの人が経験していると思われる。そしてその人が入ってきて、例えば大きな声を出したりしたとしよう。そんな時、人はどのような態度をとるだろうか。一概には言えないが、少なくとも私が今まで経験してきた場面においては、無視が圧倒的であった。何も聞こえない、見えないというような無視である。皆の心は把握できないが、少なくとも私の心の中では、ないものと思おうと努力する気持ちが、少なからずある。
もう一つ、同じようなことではあるが例を挙げる。私は駅のホームで電車を待っていた。周りには多くはなかったが、私のほかにも数人の人がいた。私の隣でなにやらごそごそしている人がいた。雰囲気から、知的に障がいを持っているのか、と思っていた。その人が急にズボンのチャックを下ろし、射精をした。私は一瞬何が起こったのか分からず、固まってしまった。周りの人を見てみると、別段何もなかったようにしている。胸に嫌な熱さを感じながらも、私もまた何もなかったかのように振舞った。私にとって、その人はその時点では、存在して欲しくない人になったのである。周りの人はどう思っていたのであろうか、私と同じように感じていたのではなかろうか。この時私は言われようもない嫌悪感を、その人に、周りの人に、私に、この時間、この駅にいたことに対して持った。
注意しておきたいのだが、そのような行為をするのは、その人であって、障がいがあればし得る、ということではない。いやそうではなくて、障がいがあるから、ないからしないではなくて、誰しもが、可能性としてし得る、と言った方が正確であろう。上記の例は、たまたまその人に障がいがあったであろう、ということである。
以上のことに注意しながら、考えをすすめる。日常において、上記のように、見てはいけない、もしくはいて欲しくない、と思うことは多々あるであろう。黒人を街中で見て、野宿者を街中で見て、障がいを持つ人を街中で見て、他にも様々なことがあろう、胸の中にある感情を断ち切った、もしくは断ち切ろうとしたことはないだろうか。そんな時、私の中で、個人の感情として、人の存在は平等と言えるのであろうか。
多くの人が、「平等ではない、自分に有益な何かをもたらしてくれる存在は大切であるし、嫌悪感をもたらすようなものの存在は私にとっては、下位にある。社会的に見ればそんなことはあってはならないと思う、しかし私の個人的には平等ではない。」そのように思うのではなかろうか。しかしまた同時に多くの人が、そのことを普段は考えないし、考えたくないであろう。そのような感情は、かつての優生思想と類似するからではないか。歴史的に多くの犠牲を出してきた、悪名高い思想が自らの中にあることを認めることは困難であろう。だからこそ人は、上のような感情を押し隠す。人は平等だ、と思いたがる。不平等は悪だ、と考える。
次節では、何故人は平等に思いたがるか、思わなければならないかを考えていく。
3 人は平等であるべきだ、という言説について
多くの人が、私にとって人は平等ではない、と思っていると推測してきた。しかし同時に多くの人が不平等を憎んでいる状況にある、という縛りがあることも見た。
では何故人は不平等を憎んでいる状況にいるのだろうか。言い換えるならば、何故人は平等と思わなければならないのか。そのことについて考えてみる。
その原因は大きく分けて二つあると思う。劣等感と優越感。この二つがキーワードである。
(1) 平等としておかなければ、いつ自分が不平等の立場におかれるか、もしくはおくかわからないから
(2) かわいそうな境遇にいる人は、同情されなければならないから
まず(1)から考えていく。例としてきょうだいの問題を取り上げる。Aは普通の人物。まじめにいろいろ悩みながら生活をしている。Bは社会的に認められている人物。親(もしくはそれに当たる養育者)の願う職につき、多くの人に夢と希望を与えている。Bもこの生活に満足している。このような境遇にいる人物は数多くいるであろう。そんな場合、Aの目線から考えたとき、親に対し、Bに対し劣等感を持つのではなかろうか。
自分はBよりも親にとって必要ないのかもしれない。そんなことを考えると悲しくなる。だから人はそのような優劣はなく、平等でなければならないのだ。
また、いつ自分が障がいを持つか分からない。そして親が差別していた(であろう)障がい者になるか分からない。そんなとき自分が不平等の立場におかれたらたまらない。だから人は平等でなければならないのだ。このような論理もあると思う。
またA、Bの親もこのような境遇に置かれたとき悩むのではなかろうか。私はAもBも愛している。しかしBは私の夢を叶えてくれた。Aはそれなりに生きている。私は心のどこかでBのほうを上に置いてはいないか。いやそんなことはない。そんなことは考えたくもない。AもBも平等なのだ。
これらの例では、自分が劣等感を持たないがための、持たせないがための平等であるべき論であると思う。これらは平等を保険としている、建前としているのではなかろうか。
次に(2)を考えていく。人は人を平等に思うのは難しいのではないか、とした。しかしそれを口にするのは、タブーである。そして見てきたように、心情的に思うこともはばかられるのではなかろうか。先に挙げた例をもう一度考える。
街で歩いているとき例えば障がい者や、黒人、野宿者、もしくは事故や病気などで顔かたちが変形してしまっている人を、つまり所謂被差別者を見たときどきっとしたことはないだろうか。それは、「自分は差別などしていない。どんな人でも生きる権利はあるし、街中を自由に歩き回ってもいい。歩き回れる社会の方がいい。私は歴史的に繰り返されてきたユダヤ人虐殺、黒人差別、障がい者差別、ハンセン病隔離などの問題行動を起こさないし、断固反対する自信がある。」というような感情を普段無意識にではあっても、人はもっているように思う。しかし実際被差別者を目の当たりにしたとき、一気にその感情が表に現れ、「本当にそうなのか。」という自問が投げかけられるからではなかろうか。自分の心の内側にある、押し隠してきた、押し隠さなければならなかった不平等の精神が顔を出してきたからこその胸の熱み、重みであるのではないか。
そして被差別者はかわいそうでなければならないのである。彼らが非常に幸せそうだったらあなたはどう感じるか、考えてみて欲しい。例えば障がい者が大きな障がいを持たないもの、所謂健常者以上に毎日を謳歌していたらどのように感じるであろう。また、わがままや、生意気であったらどのように思うだろう。そんな時我々は、漫画ドラえもんのあの登場人物の言葉を思い浮かべるのではなかろうか。「〜のくせに生意気なー。」と。
私自身の話をする。現在アルバイト程度ではあるが、ガイドヘルパーとして働いている。月に数回程度なので、ヘルプの何たるや、というようなことなど分かっていない、感じられていない若輩者であるとは思う。また助けたい、というような押し付けがましい感情を持ったヘルパーはプロではないようにも頭では思う。利用者の手となり、足となり、目となり、そして一人の友人になる、というように、理想のヘルパー像というのはあるように思う。私の中にもある。しかしその理想に向かうのは難しい。日々の鍛錬で、徐々に近づきたいが、少なくとも現在の私には無理である。私の心情を記していく。
私は、弱者は弱者であってほしいという願いが、心のどこかにある。それはそうでないとヘルプのしようがないからだ、というよりも充実感が得られないからだ。障がい者がヘルパー以上に幸せそうなら、そしてその人の人柄によっては、もしかしたらあまり誰もお金のためを除いてヘルプに入りたがらないのではないか、とさえ考えてしまう。もちろんこれは、ヘルパーとしては非常に幼稚な考え方であるとは分かっている。とは言え、多くの人が、どこかで持っている感情ではないか、とも思う。
もっと日常的な場面として、募金がある。悲劇的そうな人に募金をしたが、案外その人は、毎日を謳歌していたら、確かにお金はないが、あなた以上に楽しそうだったら、何か裏切られたように感じはしないだろうか。それは、弱者は、募金をされるような人は、かわいそうではならない、という感情なのではないか。
もう一つ例として、ある事件を挙げる。
2005年2月12日、石川県にある「グループホームたかまつ」で、介護職員がヒーターで、認知症のお年寄りを殺害する、という事件が起きた。絶対に許されざる事件ではあるが、少なからず共感を受けた人は、私を含め、少なくなかったのではないか、と想像する。犯行動機などは詳しくは分からないが、被害者の行動に腹を立てた、と報道では語られている。ここからは推測である。
加害者は、ヘルパーという仕事に理想を持っていて、現実とのギャップに、たがが外れたのではないだろうか。弱者であるはずなのに、私の思い通りにならず、被害者に腹を立て、犯行に及んだのではなかろうか。「何故弱者のくせに、ヘルプをされている身なのに、強者の私の言うことが聞けないのだ。」ここまで言うと、過激な気もするが、実際犯行に及んだ心情を想像すると、そのようなことが心情的に蠢いていたのではないか、と思ってしまう。もちろんこれだけが原因であるとは思わない。ただ一つの要因ではないか、と推測する。そしてこれは、弱者は弱者であって欲しい、自分の思い通りとまではいかなくとも、弱者なのだから言うことくらいは聞いて欲しい(聞かなければならない)、というような気持ちと密接に関連するのではないか。
まったく推測は違うかもしれない。しかしこのような論理が、事件の報道をきいた時、私の中に芽生えたのは事実である。この事件の容疑者に少しでも共感をしてしまったあなたは、私と同じような論理がうまれ、弱者は弱者でなければならない、というエゴが、心のどこかにあるように思う。
被差別者、辛い境遇にいる人は、同情されるべき、かわいそうな人でいなければならないのである。しかしそれを公然と口にすることはできない。心情的に思うこともためらわれる。だからこそ平等である、という隠し蓑を着せ、我々は日々を過ごしているのではなかろうか。
そのような生半可な平等論は、自分の内側に広がる不平等の心を押し隠し、町で被差別者を目の当たりにすればいやな気分になり、そんなものはなんともないのだ、もしくはいなかったのだと思い、内なる不平等を見過ごし、平等とはかけ離れていくのではないか。つまり平等が不平等を強化するのではないか。
だからといってラディカルな平等論へと推し進めるのがいいのだろうか。しかしそこには新たな問題があるように思う。すべての存在を、その属性抜きで平等に思うということは、誰でもいい、となってしまうのではなかろうか。例えば子供が生まれた場合、この子が良かった、という感情が持ちにくくなるのではないか。それ以前に、そのパートナーを得る際に、この人が良かった、と思うことが希薄になるのではないか。私は、それに反対である。
ひとつ断っておきたいのは、本節では、被差別者とそうでない者、という荒い分け方をしたがもちろん被差別者が加差別者にもなり得るし、加差別者が被差別者にもなり得るし、その辺りは複雑である。森岡正博は、
「自分の障害を自己肯定して、健全者を批判していた障害者であっても、自分の子どもが生まれるときになると、「この子は障害なく産まれてきて欲しい」と願ってしまうことがある(森岡 2001 p.300)」
と記している。障がい者の中にも、障がいを差別している感情がなくはないのだ。そのことを付け加えておく。本稿では、著者の力量もあり、基本的には私の、つまり加差別者からの、被差別者への視点である。しかし部分的には、それに留まることなく、普遍性を持ち得る部分もあるように思う。
また、ここまで個人の心情における平等などを論じてきたが、その個人の心情は社会的な制度と密接に関わっている。先から挙げているように、被差別者、加差別者などと記しているが、「被」、「加」、が付くのは、社会からの視点である。制度の問題である場合も多い。個人のもともとの感情と思っていたものが、実は社会からの構築によってもたらされたかもしれない、という疑いは、絶えず持ち続けなければならないだろう。ただ、制度と感情はそこまで密接か。
ここで、制度と差別意識について、少しだけ考えておく。例えば、障がい者に関する制度が、完璧に整ったとしたら、出生前診断の結果、障がいを持っていようが、いまいが、当たり前のように産む社会が到来するだろうか。もう一度森岡正博の文章を引用する。
「○○障がいのある子どもなんて、自分の子どもとして認めたくないという「親子のアイデンティティ」を理由にした中絶は、いくら社会福祉が充実し、差別のない社会が到来しても、絶滅しないはずだ。(中略)われわれの心の内面に「内なる優生思想」が存在している限り、選択的中絶はなくならない(森岡 2001 p.320)」
としている。制度が整った時に、本稿は一部修正されなければならない。しかし、それでもやはり、大本は変えなくてもいいのではないか、と想像する。
平等というのは、私にとっては非常に幻想的な思考になってきた。もう少しそのことを強化する。
ここで、フリードリヒ・ヘーゲルの考えをまとめた、竹田青嗣の文章を引用する。
「抽象的な概念としてだけ考えると、「平等」がより普遍的な理念のように見える。しかしそれは、近代の「平等」の理念が、「自由」の理念から生じた社会の不平等を克服するために出てきた後発理念であるためです。このために、「絶対平等」ということが強く意識されるけれど、じつは絶対的な「平等」という概念は抽象的な理念に過ぎない。(竹田 2004 p.213)」
そもそも平等は、近代へと成り代わる際に必要な、「自由」という概念の後釜、埋め合わせとして用いられてきた、ということであろう。上記の引用は、個人の心情ではなく、社会的な制度が主である。しかし、個人の心情においても、同様なことが言えるように思う。
また森岡正博はこう述べる。
「すべての人間に貴賤上下の区別はないと言い切ってそれを実践できるためには、その人の深層部分に、「私は他の人間とはちがって、真の平等という難題を実行できるくらいすぐれた人間なのだ」という差別意識があって、その人を強力にささえていることが必要だからである。(森岡 2003 p.176)」
4 不平等を見極める
このように考えていると、やはり平等は非常に難しい考え方なのではないか。だからといって私は、平等という理念は崩れるべきではないと考えたい、というよりも、私の中に不平等の気持ちがあるのなら、それに抗いたい。大切なことは、平等をあまり意識しすぎないこと。平等を第一の目標とするのではなく、後からついてくるかもしれないもの、という風に捉えておくこと。また、そのためには、常に不平等から目をそむけないこと。そのようなことではないかと思う。
平等を後からついてこさせられるような考え方を、内に秘めたる不平等を解き明かし、真なる平等の道が開ける可能性を示して、本稿をしめる。大きく分けて4つの事柄である。
(1) 慣れ
(2) 優越感、劣等感の是非
(3) 支配欲
(4) 存在の価値
である。一つずつ見ていこう。
まずは(1)の慣れ。これは言葉の通り慣れることである。例えば著名なCさんに劣等感を感じたとする。Cさんは世間の評価も高く、確かに有益なことをやっている。皆に慕われて当然だ。それに引き換え、私は…、というような感情を抱いたことはないだろうか。少なくとも私はある。性格のせいなのかもしれないが、よくある。しかしそんな時ふと思うことがある。私はCさんの評価の高い面だけ目を向けている節がある。Cさんのパーソナリティがどうこうではなく、Cさんの成したことにだけ目を向け、Cさんは凄い、私は駄目だ、と感じてしまっているときがないこともない。すべての人に関して、そうだとは言えないが、皆無ということもないと思う。Cさんという存在に慣れること。言い換えるならば知ること。
また先に挙げたように、私は、街などで被差別者と出会ったら、どきっとし、目をそらし、ないものとするよう努める、とした。この感情を克服する鍵は、まさしく慣れではなかろうか。
例えば私は、障がい者のヘルパーをやっている。Dさんのヘルプに長く入っていると、もう私はDさんが何をしようが、ある程度の理解が示せ、上述のような感情になることは、皆無ではないにせよ、非常に少ない。しかし他の人がDさんを見たときは、やはり上述したような感情が起こっているのではないか、と想像する。障がい者と関わることが多い私でも、障がい者に会うと、胸が少し締め付けられるような気持ちになる。それはすなわち、私はその人に慣れていないからではないか、などと考えてしまうのである。そしてきっと私もその私の胸を締め付けた人と関わりを持てれば、すなわち慣れられれば、きっとそのような気持ちを持たないですむだろう、と思ったりする。山本勝美も私と同じようなことを述べている。
「自分でもおかしいなと思うことは、何人もの車椅子の仲間と接していながら、街でそばを通る車椅子の人には一瞬不慣れな感じ、あるいは違和感をいだいてしまう。話し始めればおそらく違和感は消えてしまうと思う。多くの障害をもつ仲間たちとそのようにして仲間になってきたのだから。(山本 1999 p.222)」
大切なことは、知ろうとすること、そしてその人に慣れること、簡単に言うならば、仲良くなることではないだろうか。
次に、(2)について考える。優越感と劣等感の是非。これを考える際に、立岩真也の文章が有効であるように思う。
「羨ましい人と羨ましがられる人は、負け惜しみを言っている人と負け惜しみにすぎないと言いたい人は、別の種類の人間なのだろうか。羨ましいと思ったり、他人のことが気になったりすること、このこと自体はよくあることだろうし、またそれは自分が上手で誇らしいことと基本的には同質の感情ではないか。(立岩2004 p.75)」
以下のように考えを進めていけるであろう。あなたがEさんに対してある事柄において優越感を持ったとする。そしてEさんはあなたに対して劣等感を持ったとする。優越感を持ったということは、もしEさんがその優越感を持っていた事柄に関してあなたを超えていけば、瞬時にあなたはEさんに対し劣等感を得るのではないか。そして逆にEさんはあなたに対して優越感を得るのではないか。
優越感を持つことと、劣等感を持つことは隣り合わせの関係にあるのではないか。優越感を持つということは、その優越感を得ている事柄に関して、同時に劣等感を得ている、もしくは得る可能性がある。逆のことも然りで、劣等感を持っていれば、それはいつ優越感に変わってもおかしくはない。というよりも、Eさんに劣等感を持ったとしたら、Eさんを乗り越えたいと思うと同時に、自らが優越感を持てるFさんを探すことに躍起になっていることはないか。つまり優越感を得ることも、劣等感を得ることも、人間の性質としては同質のことに思えるのである。優越感を得たといえど人間的に偉くはない。逆も然りで、劣等感を得たからだめだ、ということはない。たまたま優越感に思えるそれを持っていなかっただけなのではないか。
それでもせっかくならば劣等感はできるだけ持ちたくない、という意見が出てくるだろう。確かにそれはそうであると思う。人間的に悪くはない、と言われてもやはり劣等感を持つことはできれば避けたいことであろう。しかし冷静に考えると、劣等感が直結してなくすべきもの、となるのだろうか。
ここで一つの例を挙げてみる。ある言語障がいを持った人と、演出家竹内敏晴との対話である。
「きみは、このコンプレックスをいやだと思っている?
ええ、とかれは答える。
では、もし、しゃべることに自信ができてコンプレックスがまったく消えてしまったら? きみのこころのどこかには、このコンプレックスを消したくない、持ち続けたいって気持ちはないか?
かれは、ちょっとためらった後、はい、あります、と答えた。(竹内 1975 p.153)」
そして、竹内敏晴は、劣等感こそ、彼にとっての最も痛切な感覚で、生きることにつながっているのでは、と解釈した。
これらはある意味逆転の発想で、盲点なのだが、確かに劣等感をも自分のステータスとして、心のどこかでは大切に思っているという節がないことはない。もちろんすべての劣等感をステータスとして受け入れられるわけではなく、本当にその劣等感を取り払いたい、と考えている人がいるであろう、ということは想像に難くない。しかし意外と劣等感をステータスにしている部分はあるように思う。
例えば、私は喘息を持っていて、その喘息は、辛いものであるが、自分は喘息を持っている、喘息を持っていない人にはできない経験をしている、ということで、喘息をどこかで誇らしく思うこともある。このように劣等感ではあるが、手放したくない、というような感情があるであろう。このような感情はなぜ起こるのであろうか。ここでも立岩真也の文章を少し引用してみようと思う。
「私の身体も私にとって他者でありうる。私が思いのままに操れるものが私にとって大切なものではなく、私が操らないもの、私に在るもの、私に訪れるものの中に、私にとって大切なものがあるのではないか。そしてそれゆえに、それを奪われることに私達は抵抗するのではないか。(立岩 1997 p.109)」
そして立岩真也は同じ章でこう記す。
「人は、(他者に対して)操作しない部分を残しておこうとするだろう。それは、人間に対する操作が進展していく間にも、あるいはその後にも残るだろう。それはまったく素朴な理由からで、他者であることは快楽だと考えるからである。(立岩 1997 p.115)」(()内は大原付)
簡単に言うと、知らない部分があるということは楽しいのである、逆に言うとすべてを知ってしまうと楽しくない、ということであろう。自分の中の見たくない、本来自分の中にあってはならない劣等感がある、ということは、自分の中には、自分の意志とは一見反する他者がおり、その劣等感を実のところは手放したくないというのは、その他者を手放したくない、という感情と非常に近いもの、といってもよいのではないか。
次に(3)を考える。人は人を他の人よりも大切に思う時、例えばGをHよりも大切に思う時、Gの方があなたに多くの快いものを与えているから、もしくはHの方があなたに多くの不快なものを与えているから、という理由において感じてはいないだろうか。そんなことは当たり前だ、と感ずる人がいそうだ。そして正直私もそんなことは当たり前だ、と思ったほうが楽だ、とも思っている。しかしそんな簡単にその穴に落ちるわけにはいかない。先に挙げた第3節の(1)と似ているがGとHをきょうだい、という設定で考えてみようと思う。
親が子どもに理想を求める。すべてとは言わないが、多くの親は理想があるのではないか。子どもが産まれた際、「この子は将来スポーツ選手にさせよう。」、「いい大学にはいって安定した生活を。」、「ぐれないように、健全に育つように。」等様々な理想が子どもは求められる。そして親はある一定の枠組みを持ち、そして子どもにそれを持たせる。家庭によって、個人によって差はありそうであるが、あなたはこの枠からはみ出てはいけないのだ、という枠組みである。そしてその枠には中心点があり、そこに近ければ近いほど良い、という構図である。
Gはその中心点にみごとに近づいた、そしてHはその枠から外れた、としよう。そんな時、Gの方が私により多くの快さを与えてくれた。Hに関しては特に何もない。元気に暮らしてくれればいい。理想を持つということは、そのようなことになり得るのではないか。実際に親がそうは思ってなくとも、もしくは第3章(1)で挙げたように、思おうとしなくとも、例えばHはその理想の枠の存在に感ずるとすかさず、中心点にいるGを思い、自分の位置を省みることになりはしないか。そのような枠があるということは、子どもは大きくその枠を意識し続けなければならないのではないか。それは子育て、という名の子の支配ではないか。
もう少し(3)について考える。少し私自身の話をする。私の現在の特筆すべき人との関わりとして、大きくは三つに分けられる。同年代の友人との関わり、障がい者との関わり、そして小中学生の子どもとの関わり。この関わりが生活の多くを占める。そんな時ふと思ったことは、私は同年代が苦手である。それはなぜかと考えを進めていくと、それはまず対等な地平からものごとを進めなければならず、最初の一歩が難しく、そしてその後も様々なけん制の仕合があり、常に目を馳せておく必要があるように思え、大変なのである。
しかし後者の二つとの関わりは楽である。身体障がい者と関わる場合はその動きを変わりにやらねばならず、思うようにいかないこともあり、しんどい面はもちろんある。子どもと関わる場合は、特に小学校低学年などであると、休ませてもらえない。体力的なしんどさは相当なものである。しかし心情的には楽なのである。人間関係が楽だ、といった方が適切だろうか。それはなぜか、と考えた際、それら二つは社会的にそして心情的にも弱者、とされており、つまり大きな障がいはなく、成人男性である私のほうが強者であると気づき、そんな私が弱者から受け入れられないわけはない、そしてそんな弱者の人生の一端を私は左右でき得る立場にいるのだ(弱くあればあるほど左右しやすいのではないか)、と私は、自分の心の奥にある気づきたくなかった心情に気づいてしまった。
そう考えると、私が同年代との関わりが苦手なのは、私が、相手に対して、強者でないからである。弱者にならばほぼ無条件で受け入れられる自信があるが、対等な関係だと受け入れられるかどうか、怪しいものになってき、関わるのにプレッシャーを持つからであろう。
このような心情と格闘するためこのレポートを書いているような気もするが、人にはこのような心情が、いわゆる支配欲があるのではないか。
今現在考えられることだが少しだけ、支配欲に関して記しておきたい。人は誰しもが、支配欲を持っているように思う。監禁事件などは、その典型であろう。監禁に関する私の心情を書いていく。そしてこれはあくまで、私の頭の中だけで起こっている想像である。
他者である人を、モノ化することによって、自分の意のままに操る。自らを「ご主人様」と呼ばせ、完全に自分が上にいることを感じ、興奮する。はっきり言うと私にこのような欲望がないことはない。報道されている程、過激にはならないとは思うのだが、どこかにしてみたい、という欲望はある。多くの人にもあるように思う。
例えば、監禁されている人(人、と使うのを少しためらってしまった)が、平然としていたらどのように感じるであろうか。私はもっと、過激なことをしようとするか、その人は諦めて、手放すのではないか。それは先にも挙げた、弱者は弱者であって欲しい、という感情だと思う。また逆に、監禁されている人が、完全にモノ化してしまったらどうであろうか。嫌がりもせず、抵抗もしない。感情がまったくなくなってしまったようだ。これでも私は、その人に興味を失っていくのではないか。それは先に挙げた、立岩真也の、他者性を望む部分とリンクしているように思う。他者を支配しかけているから、未知なる部分が残っているから、興味を持てるのである。完全に支配しきってしまえば、興味は失われていく。
このことと上記の関わりとは、似たようなことであろう。相手を自分の99%意のままにしたい。私の場合、子どもや障がい者が、比較的意のままにできる。それは彼(女)らが、私よりも弱者だからである。裏を返せば、強者になればなるほど、私は関わりを持つことにプレッシャーを感じるようになる。
同年代の人は、意のままにはしにくい。するとしても、それは意図的に行わなければならず、その道中に、支配欲に気づくことが不快である。そういうこともあって私は同年代との関わりが苦手なのではないか。
ここで、支配欲の解体などを詳しく考えることはできない。紙幅も、著者の力量も超えたことであるように思う。一つ言えるとすれば、相手から見れば私は他者である。そしてその相手も私をどこかで支配したがっているかもしれない。自分が欲望を叶えようとすれば、いつ自分が襲いかかられるか分からない。だから、やめようではないか、などと書いてみたが、私自身、どこか腑に落ちない。やはり今後の課題、ということにしておきたい。
以上のようなことは、「子どもが好き」、「ご老人が好き」と発言しっぱなしで、その後に自分を省みない人に考えてもらいたい。
最後に(4)について述べる。これは非常に簡潔である。いろいろなことがある。上に見てきたような感情が、もしくは上とはまったく関係なく人に対して様々な感情を持つことがあろう。いいこともあれば、もちろん嫌になることもあろう。しかし、そんなことに関わらず、存在している、ということに価値をおきたい。消したい、と思うこともあろうが、しかし事実として存在してしまっている。その存在はあなたの中で平等ではないかもしれない。しかしそれは非常に高地における話であって、その人がどんなであるかなどは関係ない。そんな風に最終的には考えられたらいいと思う。
5 まとめ
もう少し書けると思っていた。というよりも、まだ書かなければならないことがあるように思う。しかし時間も、紙幅も、力量も足りない。大きすぎるテーマを取り上げてしまったな、とも思う。また、人の意見のつぎはぎに過ぎないのではないか、という不安もある。何にせよ、本稿はここまででまとめに入ろうと思う。
存在の平等は可能か、可能でないならばいかにすればいいのか、ということを考えてきた。
3節では、平等に思わなければならない強迫観念があり、その強迫観念は、何故起こるのか、ということを、劣等感、優越感の立場から見た。
4節では、押し隠したがる不平等の精神を解き明かすことを目標とした。劣等感、優越感を持ったとしても、それは共に恥じるべきことであり、共に恥じるべきことではないように思う。まずはそのことを認めること。それが第一歩であろう。そして優越感と支配欲は密接な関係を持つ。それらがしっかりつながった時に問題が起こってくるように思う。支配欲の根源の一つは、優越感を持ちたいがためであろう。もちろんそれだけでなく、屈折しているが、安心感を持ちたい、自分を認めてもらいたい、というような感情があるようにも思う。しかし人の上に立ちたい、そして支配したいという気持ちも大きなものであろう。それらの気持ちを、まず知ること。そして抗うこと。
また知るということで、知らずして偏見を持たないことが大切だ、とした。これはきっと、最も大切なことであるように思う。知らないと勝手な劣等感、優越感を得やすい。それでは何にもならない。また知ることで初めて見える、劣等感や優越感もあると思う。それに気がつくこと。
私自身障がいを持っている人との関わりが多いので、どうしてもその例になってしまうが、知的に障がいを持っている人などは、一緒にいて楽しい人が多い。一緒にいると「何でやねん。」と思い、笑ってしまうことも多々ある。しかし同じことをしても、障がい者と関わりが少ない人は、笑ってはだめだ、などと思い、理解不能だ、意味が分からないなどということに陥ってしまうこともあるように思う。
そして最後に、格言的にしめることになったが、存在の価値に重きを置く、とした。この部分は、ある意味逃げの部分であり、書いたはいいが、実感を伴えない。今後の課題となる部分であろう。
また今回は、あるのではないか、としたはいいが、ではどうしたらいいのか、というところにまで突っ込めなかった。きっとこの辺りが、先に記した不満の残る部分であると思う。ただ、気づくと気づかないでは、雲泥の差があるように思う。私はこれから、自らにある不平等の気持ち、優越感、劣等感、支配欲、に気づき続け、抗っていきたいと思う。いつか平等へと近づく道が見えるよう、期待する。
<参考文献>
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