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現代文明学研究:第3号(2000):139-179
脳死否定論に基づく臓器移植法改正案について
てるてる(西森豊) 



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*臓器移植法改正論議においてすでに著者が「てるてる」のペンネームで言及されているため、ペンネームと本名を併記した。本論文の正式な著者名は「てるてる」である。本改正案は「てるてる案」と呼称される。本論文の責任主体は西森豊である。
 

はじめに

  2000年10月から、臓器移植法、すなわち、「臓器の移植に関する法律」(1997年10月施行)が、その附則に基づいて、見直しの審議を行なわれる予定である。1)
  現行の臓器移植法には、当初から幾つかの問題点が指摘されていた。その主なものを、ぬで島次郎が「脳死と移植をめぐる政策課題」(「臨床死生学」2000;5:54-60)で、「三つの根本的欠陥」として挙げている。2)

(1)(脳)死者からの臓器摘出のルールしか定めておらず生きた提供者の保護の規定がない。
(2)主要臓器しか対象にしておらずその他の人体組織の利用の規定がない。
(3)医療目的しか定めておらず研究目的での人体利用の規定がない。
  さらに、

    「脳死を臓器移植目的に限って人の死としたことがはらむ問題点」

も指摘している。
  これは、現行法の第6条により、

「臓器提供に書面で同意した上に、脳死判定にも書面で同意した人についてのみ、死と認められ臓器の摘出が許される」3)
ことをさしている。
  厚生省の研究班が提出した臓器移植法の改正案では、この第6条の改正を提案している。4) すなわち、町野朔・上智大学法学部教授が中心となっている、研究班の最終報告「研究課題:臓器移植の法的事項に関する研究−特に「小児臓器移植」に向けての法改正のあり方−」(以下「町野案」)では、第6条を批判し、現行法のもとでは事実上行なわれていない、こどもからの、脳死後の臓器提供を可能にするために、
「死者本人の臓器提供に承諾する意思表示がなければ許されないとする現行法の立場を修正することによって、子どもにも大人にも平等に移植医療を可能とする。」
  (F 臓器提供者が年少者であるときの特則(研究IV)1. 法改正の二つの方向)
ことを提案している。
  それに対して、森岡正博・大阪府立大学総合科学部教授は、「子どもにもドナーカードによるイエス、ノーの意思表示の道を」(「論座」2000年3・4月号、p.200-209,以下「論座」論文)、および、「臓器移植法、『本人の意思表示』原則は堅持せよ」(「世界」2000年10月号、p.129-137.以下「森岡案」、「世界」論文)で、現行法の第6条は、(脳)死者からの臓器提供の必須の要件として堅持することを主張している。5)
  町野案・森岡案ともに、こどもからの、脳死後の臓器提供を可能にすることを目的としている。しかし、現行法に対する評価は正反対であり、方法論は真っ向から対立している。
  一方、ぬで島は、
「脳死判定は、その患者本人のための検査ではない。回復不能の患者をより分けて『無駄な』集中治療を打ち切るためと、その人の臓器を移植に利用するためのものである。日本では臓器移植のために脳死を導入する是非は議論されてきたが、治療打ち切りのための脳死判定の是非はほとんど議論されてこなかった。」
「もし人の死を脳死で統一しろと言うのであれば、臓器移植に関する法律の中でちゃっかりやるのでなく、治療打ち切り・保険給付打ち切りの是非の論議を正面きってするべきである。」
「脳死の問題は、……現代医学ではもはや救えなくなった患者をどう扱うかという、末期医療の問題として考えるべきである。」6)
と述べている。
  以上の問題提起と改正案の提示を受けて、本稿では、次の2点を目的とした考察を試みる。

(1)町野案・森岡案を比較検討する。
(2)ぬで島論文における、「脳死の問題は、……現代医学ではもはや救えなくなった患者をどう扱うかという、末期医療の問題」という考え方に基づき、脳死者からの臓器提供を、脳死者本人の「尊厳死」の枠組みのなかでとらえた、独自の改正案を作成する。7)

<改正案の特徴>
(1)「脳死を人の死としないで移植用臓器の摘出を認める」という、違法性阻却論に立脚する。法的な死は、呼吸と循環の不可逆的停止による「身体死」で統一する。脳死後の臓器移植では、臓器の摘出が終わったときを死亡時刻とする。
(2)基本的に、成人は、本人の意思だけで臓器提供でき、家族の同意は必要ないことにする。
(3)臓器提供の条件における基本原則
「臓器提供は、臓器提供希望者が、生前に、移植医療に関する充分な情報を与えられ、変更の自由を保障され、かつ、いかなる経済的対価も伴わずに、自由意志と倫理的判断とに基づき、自発的な、任意の、書面による意思表示を行った場合にのみ、許される」
この原則を、生体間の臓器移植にも適用する。
(4)「脳死」後の臓器提供を、末期医療の選択肢の一つとして扱う。末期医療選択カードをつくり、そのなかに臓器提供の項目をつくる。
(5) さらに、提供する臓器を特定する臓器提供意思表示カード、臓器提供意思登録カード、そして、脳死後の臓器提供を選択している人が、脳死と身体死の違いについて理解していることを確認するためのチェックカードをつくる。
 
 

凡例
  以下の本文および引用文で、
「現行の臓器移植法」または「臓器移植法」または「現行法」と書いているのは、
「臓器の移植に関する法律」(1997年法律第104号)である。
「附則」とは、
「臓器の移植に関する法律附則第11条第1項の法律を定める政令」
(1997年10月8日政令第311号)である。
「施行規則」とは、
「臓器の移植に関する法律施行規則」(1997年10月8日厚生省令78号)である。
「ガイドライン」とは、
「『臓器の移植に関する法律』の運用に関する指針(ガイドライン)」
(厚生省保健医療局長通知・健医局発第1329号・1997年10月8日)である。
「角腎法」とは、
「角膜及び腎臓の移植に関する法律」(1979年12月18日法律第63号)である。
 

目次
1. 町野案・森岡案の比較検討
1.0. こどもの臓器移植の問題
1.1. 町野案
1.2. 森岡正博による町野案批判
1.3. 森岡案
1.4. 町野案・森岡案の評価
2. 試案作成
2.0. 脳死否定論に基づく臓器移植法改正案作成の試み
2.1. 人格権の対象としての身体
2.2. リビングウィルとしてのドナーカード
2.2.1. 現行法のもとでのドナーカード
2.2.2. 脳死を人の死としない立場の堅持
2.2.3. 法的な死の定義
2.2.4. 臓器提供者の死亡時刻
2.2.5. 『脳死』状態での末期医療の選択
2.2.6. こどもの末期医療と臓器移植
2.2.7. ドナーの遺族とレシピエントとの交流
2.3. 試案本文
2.4. 残された課題
謝辞

 
 

1. 町野案・森岡案の比較検討

1.0. こどもの臓器移植の問題
  現行の臓器移植法は、こどもからの臓器提供を禁止してはいない。
  臓器移植法制定前に、角腎法のもとで行なわれていた、こどもからの、心臓死後の角膜と腎臓の提供は、現在も行なわれている。
  しかし、こどもに対して、法的脳死判定は行なわれず、こどもからの、脳死後の臓器の提供もない。なぜなら、こどもは、法的脳死判定と脳死後の臓器提供について、法的に有効な、生前の書面による意思表示を行なわないことになっているからである。
  ここで、「こども」と述べているのは、正確には、「15歳未満の人」である。
  すなわち、ガイドラインの「書面による意思表示ができる年齢」に関する規定によれば、

「民法上の遺言可能年齢等を参考として、法の運用に当たっては、15歳以上の者の意思表示を有効なものとして取り扱う」
こととしているからである。
  ガイドラインには、法律のように直接的な拘束力はないが、そこに示された基準に違反する場合には、再度、行政指導がなされることもあり、実際には、ガイドラインに従わなければならない。
  ただし、心臓死後の角膜と腎臓の提供は、本人の生前の書面による意思表示がなくても、遺族*の書面による承諾があれば、行なうことができる。それは、附則の第4条「経過措置」によるものである。この経過措置は、角腎法第3条3の規定を温存したものである。
  以上の関連法規の条文を以下に掲げる。

 *臓器移植法の第6条の3では、脳死判定に際して、「家族が当該判定を拒まないとき又は家族がないとき」というように、「家族」という言葉を使って、心臓死後の「遺族」と区別している。

「臓器の移植に関する法律」

第6条(臓器の摘出)
1 医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。
2 前項に規定する「脳死した者の身体」とは、その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう。
3 臓器の摘出に係る前項の判定は、当該者が第一項に規定する意思の表示に併せて前項による判定に従う意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けたその者の家族が当該判定を拒まないとき又は家族がないときに限り、行うことができる。
4 臓器の摘出に係る第二項の判定は、これを的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師(当該判定がなされた場合に当該脳死した者の身体から臓器を摘出し、又は当該臓器を使用した移植術を行うこととなる医師を除く。)の一般に認められている医学的知見に基づき厚生省令で定めるところにより行う判断の一致によって、行なわれるものとする。
5 前項の規定により第二項の判定を行った医師は、厚生省令で定めるところにより、直ちに、当該判定が的確に行なわれたことを証する書面を作成しなければならない。
6 臓器の摘出に係る第二項の判定に基づいて脳死した者の身体から臓器を摘出しようとする医師は、あらかじめ、当該脳死した者の身体に係る前項の書面の交付を受けなければならない。

「ガイドライン」

「第1 書面による意思表示ができる年齢等に関する事項」
臓器の移植に関する法律における臓器提供に係る意思表示の有効性について、年齢等により画一的に判断することは難しいと考えるが、民法上の遺言可能年齢等を参考として、法の運用に当たっては、15歳以上の者の意思表示を有効なものとして取り扱うこと。

「附則」

第4条(経過措置)
医師は、当分の間、第六条第一項に規定する場合のほか、死亡した者が生存中に眼球又は腎臓を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合及び当該意思がないことを表示している場合以外の場合であって、遺族が当該眼球又は腎臓の摘出について書面により承諾しているときにおいても、移植術に使用されるための眼球又は腎臓を、同条第二項の脳死した者の身体以外の死体から摘出することができる。

「角膜及び腎(じん)臓の移植に関する法律」

第3条
3 医師は、第一項又は前項の規定による死体からの眼球又は腎臓の摘出をしようとするときは、あらかじめ、その遺族の書面による承諾を受けなければならない。ただし、死亡した者が生存中にその眼球又は腎臓の摘出について書面による承諾をしており、かつ、医師がその旨を遺族に告知し、遺族がその摘出を拒まないとき、又は遺族がないときは、この限りでない。
 

1.1. 町野案
  町野案では、小児の心臓移植を可能にするために、二つの法改正の方向が考えられるとしている。 二つの方向とは、次のA案、 B案である。

A案 小児・年少者からの臓器の摘出を可能にするために、誰かが彼に代わって臓器提供を承諾する意思を表示することを認める特則を設ける。
B案 死者本人の臓器提供に承諾する意思表示がなければ許されないとする現行法の立場を修正することによって、子どもにも大人にも平等に移植医療を可能とする。
  町野案では、A案を便宜主義的法改正として批判する。
  その理由は、A案の、小児・年少者に代わって臓器の提供に同意する人としては、その親権者が考えられるが、
(1)こどもの生前に、臓器を移植のために提供する意思表示を行う固有の権限を親権者に認めるのは、民法(820条)の認める「子の監護及び教育」という、親権者の権利・義務に含められない。
(2)こどもの死後に親が臓器の提供に承諾することを認めるのも、「親権は子が存在する限り存在するが、子が死亡したときには存在しない。『親権者であった者』は親権者ではない。彼は、子の遺族としての権限を有するのみである。」から認められない。
というものである。
  そこで、町野案ではB案を選択し、現行法を次のように改正することを提案する。
  第6条
1 医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき、若しくは遺族がいないとき、又は死亡した者が当該意思がないことを表示している場合以外の場合であって、遺族が臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示したときには、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。
2 前項後段の場合において死亡した者が未成年者であるときには、移植術に使用されるための臓器の摘出を書面により承諾する遺族は、その者の親権者であった者とする。
3 第1項の場合において、死亡した者の臓器提供の許否に関する意思は、遺族に確認されなければならない。
4  第一項にいう「脳死体」とは、脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至った状態(以下、本法において「脳死」という。)にある死体をいう。
5 臓器の摘出に係る脳死の判定は、これを的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師(当該判定がなされた場合に当該脳死体から臓器を摘出し、又は当該臓器を使用した移植術をおこなうこととなる医師を除く。)の一般に認められている医学的知見に基づき厚生省令で定めるところにより行う判断の一致によって、行われるものとする。
6 <「第二項の判定」が「第四項の判定」となるほかは、現5のまま>
7 <「第二項の判定」が「第四項の判定」となるほかは、現6のまま>
  1の変更部分は、臓器摘出の要件を、現行法では、
「死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないとき」
としているところに、
「死亡した者が当該意思がないことを表示している場合以外の場合であって、遺族が臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示したとき」
も臓器を摘出できると追加したこと、および、現行法の
「死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出する」
という表現を、
「死体(脳死体を含む。以下同じ。)から摘出する」
に変えたことである。

  2は、現行法にはなかった条文である。これについて、町野案では、以下のように述べている。

「親権者であった者に未成年者に代わって臓器提供の意思表示をすることを認めたものではなく、提供者が死者である未成年者であるときには、固有の権利によって提供に承諾しうる遺族の範囲を親権者に限定したものである」
「一律に未成年者を対象とし、15歳などの年齢によって未成年者を区分することはしない」
「親権者であった者が存在しないときには、臓器の摘出は認められない」
  3もまた、現行法にはなかった条文である。これについては、以下のように述べている。
「ドイツ法は、本人(死者)の臓器提供に関する書面による意思表示がないときには、摘出医師は、本人の最近親者に彼の意思を問い合わせるべきこととし、最近親者がそれを知らないときに初めて、彼の承諾によって臓器を摘出しうるとしている。フランス法も、医師に家族の証言を収集する義務を負わせている。わが国でも、本人の拒絶意思の存在が看過されてしまうことを回避するために、次のような規定を置くことが考えられる。」
  現行法では、本人の生前の書面による承諾がないときには、臓器の摘出はなされないが、町野案では、本人の生前の書面による承諾がないときにも、臓器の摘出を行なえることとしたので、同じように遺族の承諾による臓器提供を認めている諸外国にならって、このような条文を追加している。
  4は、現行法の2を変更したものである。
  現行法の、

    「前項に規定する『脳死した者の身体』とは、」

という表現を、

  「第一項にいう『脳死体』とは、」

に変え、さらに、

「その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって」
という部分を削除している。
  これは、現行法のもとでは、臨床的に脳死と診断されると、脳死後の臓器提供の意思表示をしていて家族も同意している人だけが、法的脳死判定を受けて、法的にも脳死すなわち死となるのだが、町野案では、臨床的に脳死と診断されたときに、脳死後の臓器提供の意思表示をしていない人も、法的にも脳死すなわち死となり、医師によって死亡宣告がなされ、法的に死体となるということである。同時に、その人の親は、「親権者であった者」になる。
  以上の変更内容は、2と3を除いて、町野案でも述べられている通り、現行の臓器移植法の採決の前、1994年に国会に提出された臓器移植法の「旧中山案」に戻したものである。
  旧中山案は、これも町野案でも述べられている通り、1979年施行の角腎法に基本的に従っている。  角腎法は、心臓死後の移植だけを対象として、本人の生存中の書面による承諾がないときには、遺族が書面により承諾すれば、角膜・腎臓を提供できるとしていた。
  旧中山案は、心臓死後・脳死後両方の移植を対象として、本人の生存中の書面による承諾がないときには、遺族が書面により承諾すれば、角膜・腎臓以外の臓器も提供できるとしていた。
  旧中山案・町野案と同様に、心臓死後・脳死後どちらでも、本人の生存中の書面による承諾がないときには、遺族が書面により承諾すれば、臓器を提供できるとしている国は、多い。
  フィリピン、台湾、オーストラリア(クイーンズランド州)、ヨーロッパ(ヨーロッパ評議会)、ベルギー、デンマーク、スウェーデン、カナダ(ブリティッシュ・コロンビア州)、および、USAの「モデル法」、そして、WHO(世界保健機関)の「臓器移植に関する指導指針」(1991年5月)でも同様の規定をしている。8)
  この点をさして、町野案では、多くの国では、人間は死後の臓器提供へと自己決定している存在である、との人間観に立っている、と述べている。
「およそ人間は、見も知らない他人に対しても善意を示す資質を持っている存在であることを前提にするなら」
「たとえ死後に臓器を提供する意思を現実に表示していなくとも、我々はそのように行動する本性を有している存在である。」
「反対の意思を表示することによって、自分は自分の身体をそのようなものとは考えないとしていたときには、その意思は尊重されなければならない。しかしそのような反対の意思が表示されていない以上、臓器を摘出することは本人の自己決定に沿うものである。いいかえるならば、我々は、死後の臓器提供へと自己決定している存在なのである。」
「多くの国が、本人の明示の承諾がなくても摘出できるとしているのは、このような人間観に立っているからであろう。これらの国が、死者の自己決定権を軽視していて、日本の現在の臓器移植法だけがこれを重視している、というのではないと思われる。」
  (G 死者の自己決定権の意義(考察I) 2. 死者の自己決定権の意味 b[人間像の問題])
  この町野案で述べられている人間観に比較的近い考え方を、野村祐之が「死の淵からの帰還」(岩波書店、1997)で述べている。野村は、USAで、脳死者から提供された肝臓の移植手術を受けた経験に基づき、「提供者」をさす「ドナー」という言葉を次のように説明している。9)
「『ドネーション』とは『神への献げもの』という意味であり、『ドナー』は『神に奉献する者』のことである。非宗教的に使われる場合でも、慈善団体や非営利団体への寄付であって、個人間の受け渡しというイメージではない。個人に渡るとすれば、団体を通して、条件にかなった相手に寄付されるのである」
「ヨーロッパの臓器提供で一般的な、いわゆる『オプション・アウト』の考え方もこの延長にある。すなわち、臓器はその人のものではなく、神や社会に属するものであり、本人があえて『ノー』といわない限りは、すべて提供の対象となる」
  なお、町野案は、旧中山案では、見直しまでの期間は5年であったが、現行の臓器移植法では、3年に短縮されたのは、旧中山案の修正によって、本人の書面による承諾を臓器摘出の要件としたため、「有効な意思表示をなしうる能力の欠如している小児が死後にドナーとなることは不可能」となったのを「早期に再検討すべきであると考えていた」からであると述べている。
  このような問題意識は、移植患者団体の一つ、「トリオ・ジャパン」が、心臓移植を待つこどものために、こどもからの、脳死後の臓器提供も可能にするような法改正を求めて、提出した要望書とも合致する。
「トリオ・ジャパンの2000年3月1日の要望書」10)
「1997年4月、現行の臓器移植法が国会において成立したとき、私たち国際移植者組織トリオ・ジャパンは、日本の臓器移植医療の将来について強い懸念を抱いておりました。私たちは、臓器移植の患者団体として、日本で初めての臓器移植法が廃案となるか、妥協案で我慢するかという究極の選択の岐路に立たされました。妥協案の承諾は、私達にとって正に苦渋の選択でした。しかし、3年後の法律見直しに期待して、やむを得ず妥協案を承諾したのでした。
(中略)
トリオ・ジャパンは、わが国における臓器移植医療を促進するために、原点に立ち帰り、改めて下記の事項を強く要望いたします。
(記)
  1.法律の見直し
   ・「二つの死」が存在しない法律に改める。
   ・脳死下における臓器提供要件を拡大し、本人が反対の意思を書面により表示し
    ていないときは、家族の承諾により提供できるものとする。(後略)」


  町野案では、現行の臓器移植法を評して、

「世界に例を見ないほど厳格な、本人の書面による承諾がなければ死後にその臓器を摘出しえないとする日本の臓器移植法」
  (H 日本における脳死・臓器移植問題(考察II)1. 医療不信について)
と形容している。
  しかし、最近では、ドイツやUSAで、脳死は死であるとする考え方や、臓器提供は家族の承諾だけで行ってもよいとする考え方に対して、疑問や批判があらわれていることが、中山研一の、「アメリカおよびドイツの脳死否定論」(『法律時報』72巻9号p.54-59,2000年)で紹介されている。
  たとえば、ドイツの刑法学者のトレンドレは、
「潜在的なドナーの同意なくして臓器を摘出することは、その人の基本的な地位を侵害する」
と述べており、町野案の述べるような、多くの国では「人間は死後の臓器提供へと自己決定している存在である」との人間観に立っている、といった見解とは正反対の所説を展開している。11)

1.2. 森岡正博による町野案批判
  森岡は、「森岡正博の生命学ホームページ」の「臓器移植法改正を考える」で、町野案への反対を表明している。12)
  その理由として、次の3点を挙げている。

(1)脳死を人の死とするのか、しないのかは、それぞれの人間の死生観にゆだねるべきである。
(2)脳死の人からの臓器移植は、本人の尊い提供の意思を活かすために許可されたはずである。臓器不足だから、本人の意思が不明の場合でも摘出して使ってしまえ、という方向への改正は、臓器移植の精神に反する。
(3)十五歳未満であっても、自分の臓器提供についての意思表示は可能である。子ども本人に意見表明の機会を与えないのは、日本が批准している「児童の権利条約」違反であると考えられる。
  同様の趣旨の批判を、森岡は、前出の「論座」論文、「世界」論文でも行なっている。
  また、2000年9月4日付「毎日新聞」でも、「大切な『本人の意思』原則─臓器移植法改正への懸念」と題して、次のように述べている。13)
「厚生省に提出された町野改正案は、脳死を人の死と考えない人(日本人全体の約三割)の権利を踏みにじるものであると同時に、本人の意に反した臓器摘出を一定の確率で生じさせる危険性をはらんだ、拙速きわまりないものである。
世界中で『臓器不足』と呼ばれる現象がある。臓器不足を解消したいのなら、このような法律改正によってではなく、正しい知識をともなったドナーカードの地道な普及によって解決していくべきである。」
  このように、移植のために提供される臓器の不足の解消のために、本人の意思表示がない場合にも、家族の同意による臓器提供を認めるのは、本末顛倒であるとする批判は、前掲の中山論文における、トレンドレによるドイツの新臓器移植法への批判とも一致する。14)
「臓器提供の不足は、脳死論議の根本的な側面を矮小化してしまう。長い目で見れば、親族を突然の悲しみの中で他人の利益を考慮するという深い当惑状態に直面させるよりは、本人の提供意思を条件とし、その自己決定権を保障し尊重する方が、より効果があり、見込みもあるというべきである。」15)
  森岡は、町野案への対案として、「児童の権利条約」の精神を適用して、こどもにもドナーカードを持つことを許可することを提案している。次に、森岡案を検討する。

1.3. 森岡案
  森岡の「論座」論文では、「児童の権利条約の精神」を、「脳死の子どもからの移植という問題に適用して考えれば、子どもにもドナーカードをもたせてよいことにせよという立場を支持するものとなる」と述べている。具体的な条文としては、「児童の権利条約」第6条「生命に対する権利」、第12条「意見表明権」、第14条「思想・良心・宗教の自由」、第19条「虐待・放置・搾取からの保護」を挙げ、それぞれ、

「医療で生と死が問題となる場面での、生命に対する権利を、子どもにも保障している」
「子どもはドナーカードによって、脳死判定および臓器摘出に関する自分の意見を自由に表明する権利をもっており、それを大人によって聴取される機会を与えられる」
「自分の死を脳死で判定してほしいか、ほしくないかというのは、思想・宗教の自由である」
「子ども本人の同意のない脳死判定と、臓器摘出は、児童虐待に当たる」
としている。
  さらに、「世界」論文で、こどもの臓器提供が認められる条件を次のように提示している。
(a)意味のある意思表示をなし得る年齢の子どもが、
(b)親権者とよく話し合ったうえで、
(c)みずから子ども用のドナーカードにサインをしており、
(d)親権者がその子どもの意思表示能力を裏書きし承諾するサインをしていたときにのみ、脳死の子どもからの臓器摘出が可能になる。

(a)について
意味のある意思表示をなし得る年齢とは、暫定的に6歳以上15歳未満の子どもであるとする。心臓は、三分の一の小ささの子どもまでなら移植できる。つまり、6歳前後の子どもから摘出した心臓は、2-3歳くらいの子どもにも移植可能である。(現行の臓器移植法のもとでは脳死判定の対象とされていない)6歳未満の子どもからの臓器摘出は禁止する。

(b)について
子どもは親権者とよく話し合ってドナーカードを書くことが必要である。
親権者は、子どもと話し合った結果、サインしない選択が残されている。

(d)について
子どもが元気なうちに、親権者が、子どものドナーカードにサインをして、「この子どもには理解能力と意思表示能力がある」ことを裏書きすると同時に、子どもからの臓器摘出を承認する。民法では、子どもは「制限能力者」と解釈されるが、「身分上の行為」や「労働契約」については、親権者の代理行為は制限される。とくに、労働契約に関しては、親権者は代理権をもたず、子どもが労働契約を締結する場合に、子どもがなした契約に親権者が同意を与えるという形をとる。16)「臓器摘出」についても、これらに類比的な法的処理を提案できるのではないか。

  以上のように、森岡案では、こどもにも臓器提供意思を表明する権利を認めている。
  しかし、海外の多くの国では、「児童の権利条約」を批准していても、このようなこどもの臓器提供意思を表明する権利を認めていないし、むしろ、町野案でも指摘しているように、遺族が書面により承諾すれば、臓器を提供できるとしている。
  この点について、森岡案では、日本の臓器の移植に関する法律は、「家族の承諾のみ」→「本人の意思表示 or 家族の承諾」→「本人の意思表示 and 家族の承諾」というふうに、3段階に渡って進化してきたが、海外の臓器移植法は、まだ第2段階の地点で留まっているのだと述べる。
  すなわち、日本では、まず、1958年の「角膜移植法」で「遺族の承諾」のみが条件とされたが、それは、(a)死体の「処分権(あるいは所有権)は家族に移行する」という伝統的な思想に基づいていた。これは、そもそも死体に所有権はないのだが、誰かが死体を処分しなければならないので、人間の死後は、その死体の所有権が家族に移行するという法律上の擬制に基づくものである。
  次に、1979年の「角膜及び腎臓の移植に関する法律」で、(a)「遺族の承諾」と 、(b)「本人の意思を活かすのが移植である」という新しい思想とが、「or」で結ばれるようになった。そして、1997年の「臓器の移植に関わる法律」によって、「or」が「and」になり、(b)「本人の意思」と、(a)「家族が拒まないこと」との双方が満たされることが必要条件となった。ここに到って初めて、脳死を経て死にゆく者の人間の尊厳を手厚く保障したうえで、移植を進めることができる法律となった。
  以上を踏まえるなら、日本の現行の臓器移植法は、次の3点を評価できるという。
(1)本人が「死の概念」の選択をできる
(2)「本人の意思表示」が前提条件となっている
(3)本人も家族もともに納得するケースから移植を行う
  そして、現行法の第6条に、以下のような条文を追加することを提案している。
「 6歳以上15歳未満の者については、生存中に臓器を移植術に使用するために提供する意思を書面により表示している場合であって、かつ親権者が書面によりそれに承諾を与えていた場合であって、かつその旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないときまたは遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。6歳未満の者からの臓器摘出は禁止する。」
  以上が、森岡案の骨子である。
  心臓死後の角膜の移植についての法律は、死体の埋葬に関わる、死体の「処分権(あるいは所有権)は家族に移行する」という伝統的な思想に基づいていたが、角膜と腎臓の移植についての法律には、「本人の意思を活かすのが移植である」という新しい思想も加わった、としているが、それには、生体腎の移植も行なわれるようになったことが、影響しているのではないだろうか。それによって、移植のための無償の臓器提供は、提供者本人の人格をかけた行為であると理解されるようになり、死体の処理とは別の法理が必要であるとされるようになったのかもしれない。
  そして、脳死後の心臓移植も扱う臓器移植法に到って、死体の「処分権(あるいは所有権)」ではなく、「脳死の身体の処分権(あるいは所有権)は家族に移行する」と「本人の意思の表示」とが、両方とも必要条件とされるようになった。
  ここでは、臓器の提供だけでなく、「脳死の身体」が、「死体」になるのか「生体」になるのかにも、「本人の意思表示」と「家族の承諾」と両方を必要としている。すなわち、法的脳死判定をするのに、「本人の意思表示」と「家族の承諾」と両方を必要とする。これは、「脳死の身体」は、「死体」になる前から、身体の「処分権(あるいは所有権)」は、一部、「家族に移行」している、とみなされているのではないだろうか。
  もし、臨床的に脳死と診断されたときに、「脳死の身体」を「生体」ととらえるならば、法的脳死判定を受けるかどうかは、他者の処分権や所有権の対象にはなりえず、本人の自己決定権の対象になる。そして、本人の生前の意思表示によって、「死体」になるのかどうか決定することができるとすると、これは、一種の「尊厳死」を認めることになると思われる。

1.4. 町野案・森岡案の評価
  町野案は、移植患者団体の要望とも一致し、諸外国の臓器移植法とも共通して、脳死を臓器提供の意思の有無にかかわりなく法的な死としており、臓器の提供数が最も多くなる方法として、期待される。
  しかし、臨床的な脳死の診断を、本人の生前の書面による同意なしに、かつ、法的脳死判定をせずとも、法的な死とみなすことになると、ことは臓器移植だけの問題でなく、死体解剖保存法など、多くの法律に関わる重大な問題で、ぬで島次郎の指摘するように、治療打ち切り・保険給付打ち切りの是非の論議も含めて検討する必要があり、臓器移植法の改正だけですますことはできない。
  にもかかわらず、町野案ではそこのところを明らかにせずに、ただ、こどもの心臓移植を可能にするという目的を前面に出して、重大な議論を避けているきらいがある。
  森岡案は、本人の意思表示と家族の承諾を必要とする現行法の第6条を維持したうえで、それに、こどもにも意思表示を認める条項を追加しようというものである。
  ところで、2000年5月に行なわれた、総理府の世論調査では、17)

移植の際は脳死した本人の生前の意思表示に加え、家族の承諾も必要だと考える人が、69.9%
家族の承諾のみでよいと考える人が、2.1%
本人の意思表示のみでよいと考える人が、20.6%
  現行法では不可能な15歳未満のこどもの脳死者からの臓器提供については、
「移植ができるようにすべきだ」が、67.9%
「できないのはやむをえない」が、21.1%
となっており、これをもって見るに、本人の生前の意思表示と家族の承諾と両方が必要と考える人と、15歳未満の人でも脳死後の臓器提供ができるようにするべきと考える人とは、ほぼ同じ、7割程度いる。このデータを見る限り、現行法を維持し、15歳未満の人でもドナーカードを持てるようにするべき、という森岡案が支持されやすいように思える。
  しかし、森岡案では、「6歳未満の子どもからの摘出は禁止する」としており、これは、移植患者団体にとっては、受け入れがたいのではないだろうか。というのも、トリオ・ジャパンとは別の、移植患者団体である、日本移植者協議会の要望書では、
「6歳未満の脳死判定基準の策定を含め、15歳未満の脳死臓器提供を可能に」
することが、第1項目に挙げられているからである。18)
  6歳未満のこどもが、移植や脳死について理解したり、意思表示をすることは、ほとんど不可能に近いことと思われる。それゆえ、本人の意思表示原則を貫くならば、この年齢層のこどもからの臓器提供は不可能である。
  さらに、仮に、6歳未満のこどもの場合は本人の意思表示を必要としないことにしたとしても、この年齢層のこどもを対象とした正確な脳死判定基準を定めることができるのかどうか疑問である。
  もともと、現行法のもとで6歳未満の脳死判定基準が策定されていなかったのは、この年齢層のこどもは、脳死になりにくく、その判定がむずかしいからである。
  法医学者の寺沢浩一は、6歳以下のこどもの脳について、小児科医に確認したこととして、次のように述べている。
「ふつうの心停止が五分も続けば脳に酸素が行かないため脳は活動できなくなって死んでしまう(脳死)。酸素を使ってブドウ糖からエネルギーを作り出しているためである(糖代謝)。一方、胎児は脂質と乳酸からエネルギーを作っている(脂質代謝)。生まれて空気呼吸を始めると糖代謝が始まるが、脂質代謝機能は六歳くらいまで残っているという。この機能は体温が三四度以下に下がると働き始める。それで心停止して酸素が供給されなくなっても脳の活動は停止しない。また冷たい水に体がつかっていれば体温が下がり、脳の温度も一緒に下がって脳細胞は死滅から免れる。」 19)
  前掲の中山論文「アメリカおよびドイツの脳死否定論」で、USAの麻酔科および小児科の医師のロバート・トゥルオグは、こどもだけでなくおとなも含めて、脳死患者からの臓器摘出の際に脈拍および血圧の著しい上昇が見られる点などをあげて、「全脳」死の基準は「近似値」にすぎないとし、臓器移植の要件としては、
「ドナーの死を要求する代わりに、同意と不侵害の原則を用いるべきである。臓器の摘出は、正当化された殺人として、法的に解釈され得る。それは、安楽死の支持が増大することによって示されるように、必ずしも異端の考えではない」
と述べている。20)
  トゥルオグの所説では、脳死を臓器移植の要件からはずすことによって、持続的な植物状態患者または無脳児にまでドナーの対象を広げてもよいとされており、その点は許容できないが、彼の説を参考にするならば、6歳未満のこどもからの脳死後の臓器提供を認めるには、おとなに比べて正確な脳死判定がむずかしいということと、意思表示ができないこととを、受け入れて、なんらかのかたちで、「安楽死」を認めるというかたちをとらざるを得ないかもしれない。
  以上をまとめると、町野案は、臓器提供の条件を緩和することによって、移植患者団体の要望に応える、という点は評価できるが、臓器提供の意思を表示していない場合の脳死者の権利は、現行法よりも侵害される恐れがあり、その点で、改正案として評価できない。
  森岡案は、現行法で既に保障されている程度の脳死者の権利は今後も保障され、こどもの臓器提供も可能になるという点で、改正案として評価できる。しかし、移植を必要とする乳幼児にとっては、希望が持てず、海外へ渡航して移植手術を受けようとする例が、今後も続くかもしれない。
 

2. 試案作成

2.0. 脳死否定論に基づく臓器移植法改正案作成の試み
   1章で取り上げた中山論文「アメリカおよびドイツの脳死否定論」で、ドイツの前司法大臣のヨルツィヒは、次のように述べている。21)

「人の死に関する問題に対する妥当な解答は、法学にも医学にもない。この実存的な問題に対する最終的な解答は、その採決不可能性と一身専属性の故に、立法者にも属さない。」
「脳死の概念は完結的で説得的な論議ではなく、一連の証明されていない前提であり、承認することも否認することも可能である」
「人間の生においても死においても多面性と全体性を認めなければならない」
「患者の同意の下に脳死の到来後に行なわれる臓器摘出は、嘱託殺人でも積極的な死の援助にも当たらない」
  ヨルツィヒは、1997年11月5日に議決されたドイツの新臓器移植法に、連邦法務大臣として署名しているが、この法案を審議したドイツ連邦議会では、脳死を前提としない案には、202票の賛成と、424票の反対とがあり、本人の書面による意思表示に限るとする案にも133票の賛成があった。22)
  このようなドイツの例を見ると、「1.3. 森岡案」の終わりで、
「臨床的に脳死と診断されたときに、『脳死の身体』を『生体』ととらえ、法的脳死判定を受けるかどうかは、本人の自己決定権の対象になり、本人の生前の意思表示によって『死体』になるのかどうか決定する、一種の『尊厳死』を認める」
という考え方を書いたけれども、さらにこれは、次のように変えることができるかもしれない。
「臨床的に脳死と診断されたときに、『脳死の身体』を『生体』ととらえ、法的脳死判定を受けるかどうかは、本人の自己決定権の対象になり、本人の生前の意思表示によって、移植のための臓器の摘出によって、死ぬのかどうか決定する、一種の『尊厳死』を認める」
  これは、法的脳死判定によって診断された「脳死」を、「死亡」の診断とはしない、ということである。「死亡」の診断は、呼吸と循環の不可逆的停止による、「身体死」によって下す、ということになる。
  この考え方は、前掲中山論文のトゥルオグが主張していることでもある。23)
  ただし、トゥルオグは、それをもって持続的な植物状態患者または無脳児にまでドナーの対象を広げてもよいとしているが、トゥルオグを引用しているドイツのトレンドレや、トレンドレを引用しているヨルツィヒは、トゥルオグとは一線を画し、「脳死」=「死亡」とせずに、脳死者からの臓器提供を認める論を展開している。24)
  日本では、早く、1992年に、酒井安行が、「生体からの摘出は絶対にできないか」と題する論文で「脳死者からの生命維持装置の取り外しにおいては、脳死説を取らない論者においても、一般に違法性阻却を肯定するといいうる」と述べ、「移植に役立ちたいと願い、『臓器摘出という衝撃的な形による有意義な死』を望む自己決定は、『生命維持装置の取り外しによる自然な死』を望む者のそれと同等の尊重に値」し、「希望に沿って臓器を取り出すことも一種の尊厳死であり、ドナーの利益に合う行為である」としている。25)
  この章では、これら、ドイツの脳死否定論や、日本の「違法性阻却論」を参考に、脳死者からの臓器提供を、脳死者の「尊厳死」としてとらえた改正案を作成することを試みる。

2.1. 人格権の対象としての身体
  ぬで島次郎は、

「人体とその一部は、人の尊厳の源である人格及び人権の座であり、国はそれらの保護を通じて人の尊厳と人権を充足、促進する義務があると考えられる。」
と述べている。26)
  身体、または、臓器や組織等は、「所有権」や「財産権」の対象とするのは不適切である。しかし、「人格権」の対象となり得る。人格権は、所有権や財産権と違って、他者に譲渡できず、一身専属的で、死後も存続する。
  権利の主体が死んだ後も人格権は存続する、というのは、矛盾するように思われるかもしれない。  しかし、たとえば日本の著作権法では、著作者人格権は、著作者の死後も期間を限定せずに保護される。著作者人格権とは、まだ公表されていない著作物を公表する、公表に際し実名または変名を著作者として表示するまたは表示しない、著作物及びその題号の同一性を保持する権利である。これらの権利はその著作物の著作者が亡くなった後においても、著作者が生きているとしたならばその侵害となるような行為をしてはならないが、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他により、その行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は問題がないとされている。27)
  またドイツでは、人の死後にも残る死者本人の人格権を認め、保護の対象としている。石原明著「医療と法と生命倫理」では、「死者の人格権」をドイツでは古くから認められている法理として紹介している。28)
「ドイツ刑法は、『宗教および世界観に関する罪』の章中の168条で、 『死体、死体の一部、死胎児またはその一部もしくは遺灰を、権利者の保管から奪取した者……は、3年以下の自由刑に処する』としているが、その保護法益は、社会の風俗としての宗教感情のほかに、死後にも残る死者の人格権であるとするのが通説となっている。けだし、人は自分の死後、完全なかたちを保って保管され、埋葬されることを要求する権利をもち、それは人間の尊厳の不可侵性と結びつき、その尊厳性は死を越えて尊重されるべきである、と考えられるからである。」
  著作権法における著作者人格権と、ドイツの法律における死者の人格権とでは、同じ「人格権」という言葉を使っていても、個々の具体的な権利の行使として現われるときには、明確な限定があり、全く異なった種類の行為をさしている。
  しかし、そのもとになる「人格」という言葉でさすもの、人の人としての尊厳の保護という理念では共通するものがある。
  また、たとえば、著作者人格権は、著作物の芸術性や商品としての価値などには関係なく存在し、死者の人格権も、死者本人の生きていたときの業績や人柄や能力とは関係なく存在する。
  同様に、身体、または、臓器や組織等が、「人格権」の対象となるとき、それは、その権利主体の健康状態や、あるいは生死の状態とは関係なく、存在する。当然、持続的な植物状態患者または無脳児にも存在する。
  この人格権の行使は、臓器移植においては、以下のかたちをとって現われると考える。
臓器提供は、臓器提供希望者が、生前に、移植医療に関する充分な情報を与えられ、変更の自由を保障され、かつ、いかなる経済的対価も伴わずに、自由意志と倫理的判断とに基づき、自発的な、任意の、書面による意思表示を行った場合にのみ、許される。
  これが、脳死否定論に基づく臓器移植法改正案の、基本原則である。
  この原則は、生体間の臓器移植にも適用する。29)

2.2. リビングウィルとしてのドナーカード
2.2.1. 現行法のもとでのドナーカード
  まず、現行のドナーカードを確認する。
  日本臓器移植ネットワークが配布している臓器提供意思表示カードは、以下のように記載されている。



該当する1.2.3.の番号を○で囲んだ上で提供したい臓器を○で囲んで下さい
1.私は、脳死の判定に従い、脳死後、移植の為に○で囲んだ臓器を提供します。
心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓・小腸・その他(  )
2.私は、心臓が停止した後、移植の為に○で囲んだ臓器を提供します。
腎臓・眼球(角膜)・膵臓・その他(  )
3.私は、臓器を提供しません。
署名年月日
本人署名(自筆)
家族署名(自筆)
(可能であれば、この意思表示カードをもっていることを知っている家族が、そのことの確認のために署名して下さい)
連絡先:日本臓器移植ネットワーク


  この臓器提供意思表示カードの記述では、「脳死」という言葉を使う一方、「心臓死」、あるいは、「身体死」という言葉を使わず、「心臓停止」という言葉を使っている。これは、本来は、「脳死」を一律に法的に死であるとみなすべきだ、という発想があるのではないかと思われる。
  しかも、実際に脳死状態になって、臓器を提供するとなると、家族が、脳死判定の承諾書への記入記名捺印と、臓器摘出記録書式の「遺族が臓器摘出を拒否していない」欄への記名捺印との、2回にわたって記入と記名捺印をしなければならない。これは、施行規則第5条、第6条で提出を義務づけられている書類等の規定によるものである。臓器移植法の本法では、本人の提供意思が表示されている場合、家族が拒否しなければ、提供できることになっているのにもかかわらず。
これは、家族にとっても、精神的負担になり30), なんのための、本人の生前の意思表示カードかとも思われる。
  また、臓器提供についての説明は、本人が脳死状態になったときに、移植コーディネーターが、家族に対して行うが、生前に書面による意思表示をする本人に対する、臓器提供についての説明は、制度化されていない。
  さらに、腎臓や角膜は家族の同意だけで提供できるとする旧角腎法を、経過措置として残している。
  これらのことを思い合わせると、本来は、「脳死」を「心臓死」と同じように法的に死とみなして、家族の同意だけで臓器を提供できるという法律を作りたかったが、それができなかったので、法改正を待って本来のねらい通りにするという意図が、現行の臓器移植法の制定の背後にあったのではないかとも思われる。
  町野案は、現行法を上記のようにとらえ、本来の意図に戻すのだという意識で作られている。
  その町野案では、
「脳死が人の死であるといえないのなら、むしろ心臓移植は行うべきではないのである。」
 (H 日本における脳死・臓器移植問題(考察II)1. 医療不信について)
と述べている。
  まったく、同感である。
  しかし、現実には、臓器移植法改正案の策定が進められ、国会に上程される予定になっている。
その事実を前にしては、少しでも、「脳死を人の死と認められない」立場の人の意見も反映させたものになってほしいと望み、そのための対案を作ることも無駄ではないと考える。
  まず、脳死の人からの心臓などの移植があれば生き延びられる、それがなければ死んでしまう、という人々からの切実な訴えがある。外国まで移植手術を受けに行く人々がいる。移植用の臓器を取り出すことができるようにするために、他人が脳死したらそれを死と認めてほしい、と要望する人々がいる。海外では移植医療が定着しているのに、日本は移植後進国であると嘆く移植医もいる。
  そういう人々を前にして、事実として「脳死」を「心臓死」と同じような死と認める人のなかにも、あるいは、事実として「脳死」を「心臓死」と同じような死と認めることはできないという人のなかにも、移植を望む人々の気持ちには応えたい、だから、もし自分が「脳死」状態になったら、臓器を提供してもいい、という人々が現われている。
  だから、「脳死」を死と認める人であれ、死と認めない人であれ、臓器を提供しようという意思のある人がいるならば、その人々の意思を生かすことによって、少しでも、移植を必要とする人々の命を救おう、という考え方でも法案を作りうる。
  「脳死」を死と認められないし、臓器移植そのものに反対である、という人々も多い。
  これは自然であたりまえの感覚である。「脳死」も臓器移植も、移植医療が定着している国々であっても数十年の歴史しかなく、この医療が人々に及ぼす、社会的心理的精神的、そして、経済的影響の大きさや深さや広さなどは、まだ、現在進行中のできごととして、見極められていない。
  その意味では、医療技術としては進歩し定着していても、社会的には、まだ、実験段階にあると言ってもよい。
  諸外国では、移植医療のための法制度が定められ、かつ、改められ続けている。移植医療が定着すればするほど、臓器の需要が増して、供給が追いつかず、慢性的な臓器不足である。したがって、どこの国でも、より多くの臓器を提供させるために、法改正を繰り返している。
  今後、日本も、移植医療のより一層の定着をめざすならば、そのような法改正を繰り返す事態になることも予想される。
  どうすれば、移植医療を望む人々の生存を保障しつつ、臓器を提供する立場となる人々の、延命治療を受ける権利と末期医療を受ける権利とを守り切れるか、そのための自己決定権を保障できるか、というのは、どこの国でも模索中であり、模範的な制度というものはどこの国にもない。
  以上の認識のもとに、この試案では、「はじめに」でとりあげた、ぬで島次郎の、
「脳死の問題は、現代医学ではもはや救えなくなった患者をどう扱うかという、末期医療の問題」
という考え方に基づき、「脳死」後の臓器提供を、末期医療の選択肢の一つとして扱う。
  そして、末期医療の選択カードと、別に、臓器提供意思の表示カードと登録カードを作る。
  登録制度を設けている国には、オランダがある。また、ドイツでは、臓器提供の意思を表示している人のうち、希望者は登録することができる。
  日本でも、現行のドナーカードは不備であるという指摘は、いろいろなところでされている。
  Yahoo!の掲示板では、今はなくなっているが、前にあった臓器移植法関連のトピックでは、三連複写式にして登録機関と本人と家族とが持っておく、という提案があった。
  ラジオ番組「アクセス」で、臓器移植法改正についてとりあげたときには、「アクセス」ホームページ (http://www.tbs.co.jp/ac/index00.htm) への視聴者からの投書欄に、現行法のドナーカードを改善するようにとの指摘があり、次のような提案をしていた。
遺言式に、本人の意思のみで出来る書類を作る。役所に届けるようにして、弁護士代などのお金がかからないようにし、役所などが立会人としてその意思の決定を証明する。
本人には、携帯式の意思決定書を(ドナーカード)所持させ、気が変わった場合でも、すみやかに意思の変更が出来るようにする。
上記の方法を取りたくないか、とっていない人は、今まで通りの方法とする。
  臓器提供意思の表示に、登録する場合と登録しない場合と二通りあったほうがよいという意見は、他にも出されており、本試案でも、二通り、用意することにする。

2.2.2. 脳死を人の死としない立場の堅持
  「脳死を人の死としないで『脳死した者の身体』からの移植用臓器の摘出を認める」という、違法性阻却論に立脚する。
  この違法性阻却論は、1997年の臓器移植法制定前の国会審議に提出された「金田案」や、当時の日本弁護士連合会の「臓器の移植に関する法案」の修正案、また、「生命倫理研究会・脳死と臓器移植問題研究チーム」が1991年11月20日に発表した、「臓器の摘出に関する法律」(試案)等で示されたものである。
  「脳死を人の死としない」場合、脳死判定についても、その意味づけは変更する。
  現在では、移植を目的とした脳死判定と臨床的な脳死の診断と二つの脳死判定(診断)がある。
  脳死判定そのものは、臓器移植とは関係なく、患者の予後の診断として以前から行われてきた。
  それについては、現行法のもとでも、本人の生前の書面による承諾も家族の承諾も、必要としていない。
  それは、臨床的な脳死を、法的な死とはみなしていないからである。
  しかし、移植を目的とした脳死判定については、本人の生前の書面による承諾と、本人の家族の承諾とを必要としている。それは、そこで法的な死を迎えたとみなすこととされているからである。
  臨床的な脳死の診断も移植を目的とした脳死判定もともに法的な死の診断とみなさないとしたら、どちらの場合も本人の生前の書面による承諾も家族の承諾も必要としない、という立場もありうる。
  ここで、「脳死」という呼び方について、これがふさわしいのかどうかという疑問を提出する。
  「脳死」の定義は、「脳幹を含む全脳の機能の不可逆的な停止」とされている。
  しかし、既に何度も引用した、中山論文「アメリカおよびドイツの脳死否定論」でも、「脳死」が不帰の点であることは認めるが、人の死であるとは認められないという見解が述べられている。
  「脳死」関連の書物でしばしば引用される、1968年に定められた、ハーバード大学の「脳死」判定基準においては、"brain death" 「脳死」という表現は用いられず、"irreversible coma"「不可逆性昏睡」という表現が用いられている。ここで使われている「昏睡」という言葉は、実質的には、脳死判定基準の一つに取り上げられている「深昏睡」の状態をさす。
  「脳死を人の死としない」のであれば、もともとの「不可逆的な深昏睡」という呼び方に戻したほうがよいのかもしれない。これは、一考を要する問題である。本稿では、この疑問を提出するにとどめ、既に一般によく使われている「脳死」という表現を、呼び方に対する保留の意味をこめて、以下、『』つきで『脳死』と記述する。

2.2.3. 法的な死の定義
  法的な死は、呼吸と循環の不可逆的停止による、「身体死」で統一する。
  一般に、「心臓死」という表現が使われているが、『脳死』後の臓器移植で心臓を摘出した場合にはふさわしくない表現であると思われる。本稿では、「心臓死」という表現を使った方がわかりやすいと思われる場合には「心臓死」も使うが、その表現で表わしている内容は「身体死」のことである。

2.2.4. 臓器提供者の死亡時刻
  心臓停止後の臓器移植においては、臓器提供者の死亡時刻は、心臓停止後数分を経たときとする。
  『脳死』後の臓器移植においては、臓器提供者の死亡時刻は、臓器の摘出が終わったときとする。
  臓器移植では、心臓停止後でも『脳死』後でも、できるだけ早く臓器を摘出したほうが、移植手術の予後がよい。
  しかし、心臓停止も『脳死』も絶対にまちがいのない診断をすることは、困難である。立花隆の著書「脳死」では、心臓は時間をかけて止まっていくので、医師が臨終を告げた後に、心拍が出ることもある、という話が紹介され、同じく立花の「脳死臨調批判」では、心臓停止後、大脳皮質の細胞は7分?15分程度、視床下部の細胞は1時間半生きているという説を紹介している。31)
  死はプロセスであり、始まりと終わりがあるが、死の瞬間というものは定められない。
  そのせいかどうか、恐らく経験的な知恵によるものだと思われるが、「墓地、埋葬等に関する法律」では、死後、24時間以内に埋葬することを禁じている。

「第三条 埋葬又は火葬は、他の法令に別段の定があるものを除く外、死亡又は死産後二十四時間を経過した後でなければ、これを行つてはならない。但し、妊娠七箇月に満たない死産のときは、この限りでない。」
 「墓地、埋葬等に関する法律」は、1948年に制定され、最終改正が、1994年で、1997年施行の臓器移植法の制定前に作られており、『脳死』ではなく、「心臓死」を前提としている。『脳死』者も、いずれは「心臓死」に到るので、『脳死』者が「心臓死」した後、24時間を経過した後でなければ、埋葬又は火葬を行ってはならないという意味に解釈できる。
  臓器移植を行わない場合は、心臓停止の診断に曖昧さが残っているとしても、埋葬まで24時間の経過を見るので、ほとんど問題はない。
  しかし、臓器移植の場合は、そのようなゆっくりした時間がとれない。
  腎臓は心臓停止後2時間以内、皮膚は24時間以内に移植する。
  したがって、心臓停止後の臓器移植においては、臓器提供者の死亡時刻を、大脳皮質の細胞の残り生存時間程度の余裕を持たせる。こうすることによって、移植医が、心臓停止を待ち受けてすぐに摘出手術を始めるというような事態を、少しでも遅らせたいと考える。

2.2.5. 『脳死』状態での末期医療の選択
  『脳死』は、集中治療室(ICU)でのみ発生する。
  脳が融解し、最終的には、心臓停止に到る。
  しかし、『脳死』状態は、長期間、持続することが可能である。
  場合によっては、1ヶ月以上、持続することもある。
  『脳死』状態になった人が、心臓停止を迎えるには、次の二通りの方法がある。32)

集中治療室(ICU)の中で心臓停止まで治療を行なう。
集中治療室(ICU)の外の病室で心臓停止まで治療を行なう。
  「集中治療室(ICU)の中で心臓停止まで治療を行なう」には、更に、次の二通りがある。
心臓停止まで人工呼吸器でのケアや薬剤の追加などを繰り返し継続する、「積極的治療」を行なう。
新たな治療を追加せずに心臓停止まで同じケアを続ける、「消極的治療」を行なう。
  どちらにしても、集中治療室(ICU)では、医療スタッフ以外の、『脳死』状態の人を看取る人々が介護をする時間が制限される。
  「集中治療室(ICU)の外の病室で心臓停止まで治療を行なう」場合、「心臓死」を迎える時は、必然的に早くなる。そのかわり、医療スタッフ以外の、『脳死』状態の人を看取る人々が、介護をする時間は、制限されない。もっとも、いつ、集中治療室(ICU)の外に出るかは、医療スタッフと、『脳死』状態の人を看取る人々の、相談のうえで、決定される。
  さらに、もう一つ、
集中治療室(ICU)から手術室へ移動して、移植のための臓器を摘出することによって、『脳死』状態を終える。
という方法がある。
  移植のための臓器の摘出は、集中治療室での治療によって脳以外の生体の機能を長期間維持することが可能な患者に、積極的に完全に生命活動の停止をもたらす行為であるから、患者を手術室に移動する前に、現行の臓器移植法と厚生省令で規定されている、竹内基準(あるいは、今後、もっと厳密な判定方法が開発されれば、その方法)の脳死判定を行い、脳死を再度確認する必要がある。
  以上三つの方法、
集中治療室(ICU)の中で心臓停止を迎える。(「積極的治療」または「消極的治療」)
集中治療室(ICU)の外の病室で心臓停止を迎える。
集中治療室(ICU)から手術室へ移動して、移植のための臓器を摘出することによって、『脳死』状態を終える。
を、誰でも生前に自由に選択できるようにしておくことが必要である。
  ただし、いくつかの場合は、本人の生前の意思表示にかかわらず、選択を制限する必要がある。
  妊娠中の人が、『脳死』状態になった場合、家族等の選択によらず、医師の判断で、
集中治療室(ICU)の中で心臓停止を迎える。(「積極的治療」または「消極的治療」)
を選択するべきである。なんとなれば、『脳死』状態で出産する女性がいるからである。
  もし、妊娠中に『脳死』状態になった人が、生前に、『脳死』後または心臓停止後の臓器提供の意思表示をしていた場合は、その意思表示に同意する家族の許可を得て、心臓停止後に臓器を摘出してもよい。
  『脳死』後の臓器提供の意思を表示していた人が自殺を図った場合は、『脳死』状態になっても、自殺未遂の状態と判断し、『脳死』状態からの臓器の摘出は禁止するべきである。
  したがって、選択肢は、
集中治療室(ICU)の中で心臓停止を迎える。(「積極的治療」または「消極的治療」)
集中治療室(ICU)の外の病室で心臓停止を迎える。
  の二つのうちのどちらかを、『脳死』状態になった人を看取る人が選ぶ。
  しかし、自殺を図った人の生前の意思表示に同意する家族の許可を得て、心臓停止後に臓器を摘出してもよい。
  心臓停止後の臓器提供の意思を表示していた人が、自殺を図った場合は、自殺を図った人の生前の意思表示に同意する家族の許可を得て、心臓停止後に臓器を摘出してもよい。
  もし、『脳死』状態での末期医療の三つの選択肢のうちの、どれも選択せずに、『脳死』状態になった人がいれば、その人を看取る人々は、一番目と二番目の
集中治療室(ICU)の中で心臓停止を迎える。(「積極的治療」または「消極的治療」)
集中治療室(ICU)の外の病室で心臓停止を迎える。
のうちのどちらかを選択することができる。しかし、
集中治療室(ICU)から手術室へ移動して、臓器移植をすることによって、『脳死』状態を終える。
を選択することはできない。
   もし、『脳死』状態になった人が、生前に、心臓停止後の臓器提供の意思表示をしていれば、心臓停止後に臓器の摘出をすることができる。
  『脳死』状態での末期医療における保険適用は、集中治療室(ICU)の中で心臓停止まで「積極的治療」または「消極的治療」を行う場合は、法律で、健康保険の適用対象となる期間を定めておき、その期間を過ぎたら、民間医療保険に移行することとする。
  『脳死』状態の人を看取る人々は、末期医療の一貫として、医療ソーシャルワーカーに相談する機会を保障されなければならない。臓器提供をする場合は、移植コーディネーターに会う前に、医療ソーシャルワーカーに相談する機会を与えられるべきである。33)
  しかし、2000年10月13日付朝日新聞朝刊第3面の記事では、
「臓器提供 病院の2割は消極的 機器や人員 重い負担 救命の質に不安残す」
という見出しがつき、臓器提供可能施設とされた病院のなかには、そのために必要な態勢が整えられていないものもあり、
「十分な救命治療の上にたった脳死判定が続けられるのか」
という疑問が提出されている。
  このような現状では、臓器提供可能施設とされた病院のなかに、医療ソーシャルワーカーがいない病院も多いのではないかと思われる。本来、移植のためでなくても、医療ソーシャルワーカーは病院に必要であるが、臓器提供可能施設であればなおのこと、資格要件に加えるべきである。

2.2.6. こどもの末期医療と臓器移植
  乳幼児の場合、生前に自分で脳死状態の末期医療の選択をするのは不可能である。
 したがって、親などの保護者が選択せざるを得ないが、幼い人の延命治療を受ける権利と末期医療を受ける権利とを守るために、親などの保護者の裁量権は、かなりの制限を必要とする。
  乳幼児が、『脳死』状態になった場合、親などの保護者の選択によらず、医師の判断で、

集中治療室(ICU)の中で心臓停止を迎える。(「積極的治療」または「消極的治療」)
を選択するべきである。
 また、乳幼児の、『脳死』後の、集中治療室(ICU)の中での「積極的治療」または「消極的治療」には、全額、健康保険を適用すべきである。
 しかし、集中治療室(ICU)のなかで一ヶ月以上『脳死』状態を持続した後では、親などの保護者が、
集中治療室(ICU)の外の病室で心臓停止を迎える。
を選択してもよいと考える。
  原則として、『脳死』状態の乳幼児の末期医療で、
集中治療室(ICU)から手術室へ移動して、臓器移植をすることによって、『脳死』状態を終える。
を選択してはならない。
しかし、乳幼児のための臓器移植には、乳幼児からの臓器提供が必要とされている。
  乳幼児が、生前に、自分で、心臓停止後または『脳死』後の臓器提供について、同意または反対の意思を表示するのは不可能である。
  心臓停止後の臓器提供は、親などの保護者が承諾すれば、行なってもよいかもしれない。
  しかし、『脳死』後の臓器提供を、心臓停止後の臓器提供と同じように考えるわけにはいかない。
  こどもは、おとなよりも脳の障害に対する抵抗力が強く、おとなよりも長い期間に渡って『脳死』状態が持続し、その間に成長することもあると言われている。臨床的に『脳死』と診断された後、数ヶ月以上たってから、脳波が出現した事例もある。いずれは心臓停止に到るとしても、その前に、いつ、完全に『脳死』状態になったのかを判定するのは、おとなの場合以上に、むずかしい。
  また、妊婦が『脳死』状態で出産することもあるので、胎児などは母親が『脳死』してもなお、成長する力があると考えることもできる。
  このような例に照らすと、幼いこどもはその存在そのものによって、臓器を提供せずに、その元のからだのままで、生きようとする強い意志と生命力とを持っていると思われる。
  しかし、そのような強い生命力は、移植を必要としているこどももまた持っている。おとなよりもなお一層強く、移植された臓器を自らのものとして生き、成長する力があるものと、考えることもできる。だから、おとなと同じように移植治療を受ける機会をこどもも享受する権利がある。
  それゆえ、赤ちゃんを除く幼いこどもから、こどもへの臓器移植は、厳しい条件のもとでなら、許可される場合があってもよいと考える。
  しかし、こどもから提供された臓器をおとなに移植することは、禁止するべきである。

2.2.7. ドナーの遺族とレシピエントとの交流
  USAのレネイ=フォックスとジュディス=スウェイジーの共著「臓器交換社会」は、1980年代から1990年代にかけてのUSAの臓器移植の現状を述べている。34)
  それによると、臓器提供は、「命の贈り物」と呼ばれ、移植医療が始まった頃は、ドナーの遺族とレシピエントとがお互いに名乗りあって交流した。しかし、ドナーの遺族は、まるでドナー本人のように濃密な人間関係をレシピエントに求め、レシピエントもそれに応えようとし、結果的に、両者とも、苦しい状態になっていく場合が多かった。それゆえ、移植に携わる医師たちは、両者に相手の名を知らせないようにする慣習ができた。それは、医師たちにとっても心理的な負担を軽減するものであった。
  しかし、2000年5月21日放送の「NHKスペシャル 脳死移植」では、世界共通の「匿名原則」を破るような事例も出てきていることが報告されている。
  ひとりの母親は、息子のいのちが生きていることを確かめたい、その心臓を抱き締めたいと願って移植の相手に会ったが、抱き締めた瞬間にそれは他人のものだと感じた、という。
  ドナーの遺族がレシピエントに会う前に、移植コーディネーターが議論して、次のような問題点を話し合っている。

(1)ドナーの遺族が金銭を要求しないか。
(2)ドナーの遺族がレシピエントと深い人間関係を求めないか。
(3)移植後の臓器の具合が悪い場合、レシピエントがドナーの遺族を逆恨みしないか。
  以上の問題点を知らされてよく考えた末、ドナー側・レシピエント側双方が合意すれば、会えることにしていた。
  移植医療の対象となる人々の気持ちをたいせつにするためには、むしろ、移植待機患者になる前に、移植コーディネーターに会い、上記の問題点をよく考えて、それでもドナーの遺族に会えるという人だけが、レシピエントの登録をするようにしたほうがいいと考える。

2.3. 試案本文
  現行の臓器移植法は、第1条「目的」で、この法律は「臓器の移植術に使用されるための臓器」を「死体から摘出すること」について「必要な事項を規定する」としている。

(目的)
第1条
この法律は、臓器の移植についての基本的理念を定めるとともに、臓器の機能に障害がある者に対し臓器の機能の回復又は付与を目的として行なわれる臓器の移植術(以下単に「移植術」という。)に使用されるための臓器を死体から摘出すること、臓器売買等を禁止すること等につき必要な事項を規定することにより、移植医療の適正な実施に資することを目的とする。
  この条項の「死体から摘出すること」を、「心臓停止状態または『脳死』状態の身体から摘出すること、または、生体から摘出すること」に改める。
(目的)
第1条
この法律は、臓器の移植についての基本的理念を定めるとともに、臓器の機能に障害がある者    に対し臓器の機能の回復又は付与を目的として行なわれる臓器の移植術(以下単に「移植術」という。)に使用されるための臓器を心臓停止状態または『脳死』状態の身体から摘出すること、または、生体から摘出すること、臓器売買等を禁止すること等につき必要な事項を規定することにより、移植医療の適正な実施に資することを目的とする。
  現行の臓器移植法の第2条「基本的理念」では、「死亡した者が生存中に有していた」「自己の臓器の移植術に使用されるための提供に関する意思」は「尊重されなければならない」としている。
(基本的理念)
第2条
1 死亡した者が生存中に有していた自己の臓器の移植術に使用されるための提供に関する意思は、尊重されなければならない。
2 移植術に使用されるための臓器の提供は、任意にされたものでなければならない。
3 臓器の移植は、移植術に使用されるための臓器が人道的精神に基づいて提供されるものであることにかんがみ、移植術を必要とする者に対して適切に行なわなければならない。
4 移植術を必要とする者に係る移植術を受ける機会は、公平に与えられるよう配慮されなければならない。
  第1条「目的」で、「心臓停止状態または『脳死』状態の身体から摘出すること、または、生体から摘出すること」を臓器移植法の対象としたため、それに適するように第2条の第1項を改める。
また、現行法では、臓器提供者の人格権の保護に関する規定がない。そのため、第2条の第2項以下に、臓器提供者の人格権と保護の規定を入れる。
(基本的理念)
第2条
1 自己の臓器の移植術に使用されるための提供に関する意思は、尊重されなければならない。
2 移植術に使用されるための臓器の提供は、臓器提供希望者が、生前に、移植医療に関する充分な情報を与えられ、変更の自由を保障され、かつ、いかなる経済的対価も伴わずに、自由意志と倫理的判断とに基づき、自発的な、任意の、書面による意思表示を行った場合にのみ、許される。
3 移植術に使用されるために提供された臓器は、臓器提供希望者が、移植医療に協力するために行なった、知的感情的精神的営為の所産として、臓器提供者の人格権の対象となる。
4 臓器提供者の人格権は、保護されなければならない。
  現行の臓器移植法の第5条「定義」では、対象となる臓器を以下のように定義している。
(定義)
第5条
この法律において「臓器」とは、人の心臓、肺、肝臓、腎臓、その他厚生省令で定める内臓及び眼球をいう。
  「その他厚生省令で定める内臓」は、施行規則第1条「内臓の範囲」で「膵臓及び小腸とする」と規定されている。また、皮膚、血管、心臓弁、骨等の組織の移植については、ガイドラインの第11条「その他の事項」の「6 組織移植の取扱い」で、次のように規定している。
「通常本人又は遺族の承諾を得た上で医療上の行為として行なわれ、医療的見地、社会的見地から相当と認められる場合には許容されるものであること」
  以上の規定を受けて、現行のドナーカード(臓器提供意思表示カード)では、脳死後、移植の為に提供する臓器として、「心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓・小腸・その他」が、心臓が停止した後、移植の為に提供する臓器として、「腎臓・眼球(角膜)・膵臓・その他」が、挙げられている。
 第1条「目的」で、
 「心臓停止状態または『脳死』状態の身体から摘出すること、または、生体から摘出すること」を臓器移植法の対象としたため、現行の臓器移植法の第5条「定義」、および、施行規則第1条「内臓の範囲」を、それらに適するように、改める。
(定義)
第5条
1この法律において「臓器」とは、人の心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、その他厚生省令で定める、皮膚、血管、心臓弁、骨等の組織、及び眼球をいう。
2 生体からの、移植術に使用されるための臓器の摘出は、臓器提供者の健康を損なわず、障害をもたらさず、生存に影響しないものに限る。
 現行の臓器移植法の第6条「臓器の摘出」では、以下のように規定している。
(臓器の摘出)
第6条
1 医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。
2 前項に規定する「脳死した者の身体」とは、その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう。
3 臓器の摘出に係る前項の判定は、当該者が第1項に規定する意思の表示に併せて前項による判定に従う意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けたその者の家族が当該判定を拒まないとき又は家族がないときに限り、行うことができる。
4 臓器の摘出に係る第2項の判定は、これを的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師(当該判定がなされた場合に当該脳死した者の身体から臓器を摘出し、又は当該臓器を使用した移植術を行うこととなる医師を除く。)の一般に認められている医学的知見に基づき厚生省令で定めるところにより行う判断の一致によって、行なわれるものとする。
5 前項の規定により第2項の判定を行った医師は、厚生省令で定めるところにより、 直ちに、当該判定が的確に行なわれたことを証する書面を作成しなければならない。
6 臓器の摘出に係る第2項の判定に基づいて脳死した者の身体から臓器を摘出しようとする医師は、あらかじめ、当該脳死した者の身体に係る前項の書面の交付を受けなければならない。
  脳死判定については、施行規則第2条「判定」で規定している。また、脳死判定を行なった場合の脳死した人の死亡時刻については、ガイドラインの第8条「死亡時刻に関する事項」で、「脳死判定の観察時間経過後の不可逆性の確認時」と規定している。
  第1条「目的」で、「心臓停止状態または脳死状態の身体から摘出すること、または、生体から摘出すること」を臓器移植法の対象としたため、 また、現行の臓器移植法の第2条「基本的理念」で、臓器提供者の人格権と保護の規定を追加したため、第6条「臓器の摘出」を次のように改める。
第6条
1 医師は、臓器提供希望者が、生前に、移植医療に関する充分な情報を与えられ、変更の自由を保障され、かつ、いかなる経済的対価も伴わずに、自由意志と倫理的判断とに基づき、自発的な、任意の、書面による意思表示を行った場合にのみ、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、心臓停止状態または『脳死』状態の身体から、または、生体から摘出することができる。
2 前項に規定する「『脳死』状態の身体」とは、脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう。
3 『脳死』状態の身体からの、移植術に使用されるための臓器の摘出は、集中治療室での治療によって脳以外の生体の機能を長期間維持することが可能な患者に、積極的に完全に生命活動の停止をもたらす医療行為であるから、摘出に際しては、通常の脳死判定の他に、次の第四項で定める脳死判定を行い、脳死を再度確認しなければならない。
4 臓器の摘出に係る脳死判定は、これを的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師(当該判定がなされた場合に当該『脳死』した者の身体から臓器を摘出し、又は当該臓器を使用した移植術を行うこととなる医師を除く。)の一般に認められている医学的知見に基づき厚生省令で定めるところにより行う判断の一致によって、行なわれるものとする。
5 前項の規定により脳死判定を行った医師は、厚生省令で定めるところにより、直ちに、当該判定が的確に行なわれたことを証する書面を作成しなければならない。
6 心臓停止後の臓器移植においては、臓器提供者の死亡時刻は、心臓停止後数分を経たときとする。『脳死』後の臓器移植においては、臓器提供者の死亡時刻は、臓器の摘出が終わったときとする。
  現行の臓器移植法では、第7条「臓器の摘出の制限」で、以下のように規定している。
(臓器の摘出の制限)
第7条
医師は、前条の規定により死体から臓器を摘出しようとする場合において、当該死体について刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第229条第1項の検視その他の犯罪捜査に関する手続きが行なわれるときは、当該手続きが終了した後でなければ、当該死体から臓器を摘出してはならない。
  第1条「目的」で、
  「心臓停止状態または『脳死』状態の身体から摘出すること、または、生体から摘出すること」 を臓器移植法の対象としたため、 変更し、なお、『脳死』後の臓器提供の意思を表示していた人が、妊娠中に『脳死』状態になった場合、および、自殺を図った場合について、追加規定を設ける。また、未成年者の臓器提供には、家族の同意を必要とする。
(臓器の摘出の制限)
第7条
1 医師は、前条の規定により心臓停止状態または『脳死』状態の身体から臓器を摘出しようとする場合において、当該者の身体について刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第229条第1項の検視その他の犯罪捜査に関する手続きが行なわれるときは、当該手続きが終了した後でなければ、当該者の身体から臓器を摘出してはならない。
2 医師は、前条の規定により心臓停止状態または『脳死』状態の身体から臓器を摘出しようとする場合において、当該者が妊娠している場合、または、自殺企図により、脳死状態になった場合、『脳死』状態の身体から臓器を摘出してはならない。
3 前項の規定により、『脳死』状態の身体からの臓器の摘出をとりやめた場合、当該者の生前の意思に同意していた家族等の許可を得て、心臓停止後に臓器を摘出してもよい。
4 医師は、前条の規定により心臓停止状態または『脳死』状態の身体から臓器を摘出しようとする場合において、当該者が未成年である場合、当該者の家族の同意を得なければならない。
  心臓停止後の臓器提供の意思決定について、現行の臓器移植法では、附則の第4条で、経過措置として、「角腎法」第3条(3)の規定を温存している。この経過措置は、臓器提供者の生前同意の原則を守るため、また、臓器提供者の人格権の保護のために、廃止する。
  現行の臓器移植法では、第3条で、「移植医療について国民の理解を深めるために必要な処置を講ずる」ことを、国及び地方公共団体の責務としている。
(国及び地方公共団体の責務)
第3条
国及び地方公共団体は、移植医療について国民の理解を深めるために必要な処置を講ずるよう努めなければならない。
  この条項に則り、末期医療選択カード、臓器提供意思表示カード、チェックカード、臓器提供意思登録カードについて定める。

末期医療選択カード(例)
1.私は、『脳死』後、集中治療室(ICU)で心臓の停止まで「積極的治療」または「消極的治療」を受けることを望みます。
2. 私は、『脳死』後、集中治療室(ICU)の外の病室で心臓の停止まで治療を受けることを望みます。
3. 私は、『脳死』後、移植の為に臓器を提供して、『脳死』状態を終えることを望みます。
4. 私は、『脳死』後、心臓が停止してから、移植の為に臓器を提供します。
5. 私は、臓器を提供しません。
署名年月日
本人署名(自筆)
保証人署名・連絡先(自筆)
連絡先:日本臓器移植ネットワーク

臓器提供意思表示カード(例)
1.私は、『脳死』後、移植の為に○で囲んだ臓器・組織を提供して、『脳死』状態を終えることを望みます。
 心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓・小腸・眼球(角膜)・血管・心臓弁・皮膚・骨・そのほか( )
2.私は、心臓が停止した後、移植の為に○で囲んだ臓器・組織を提供することを望みます。
 腎臓・膵臓・眼球(角膜)・皮膚・骨・そのほか( )
署名年月日
本人署名(自筆)
保証人署名・連絡先(自筆)
臓器提供拒否権者署名・連絡先(自筆)
連絡先:日本臓器移植ネットワーク

チェックカード(例)
前文
「このチェックカードは、『脳死』後の臓器移植についての最低限の知識を確認するためのカードで、臓器提供の意思を表示するものではありません。
  このチェックカードのすべての項目にチェックしてあっても、臓器提供の意思を表示したことにはなりません。臓器を提供する・しないの意思は、末期医療選択カードに記入してください。
  もし、あなたが、『脳死』後、移植の為に臓器または組織を提供して、『脳死』状態を終える意思を臓器提供意思表示カードに記入していても、このチェックカードのすべての項目に自筆のチェックがついていないと、臓器を提供することはできません。
  このチェックカードは、『脳死』後の臓器移植についての最低限の知識を提供し、さらに、臓器移植についてよりよく知るきっかけとするためのものです。そのために、最後の項目に、『臓器移植についての情報を得られるところ』を挙げています。
  どうか、臓器を提供する意思のある人も、ない人も、また、心臓停止後に臓器を提供しようとする人も、『脳死』後に臓器を提供しようとする人も、このカードを読んでみてください。
  臓器を提供しようとする場合は、さらに多くの情報を集めてみてください。できるだけ、臓器移植に賛成・反対の両方の考え方を知ってください。
  そして、あなたがもしものとき、あなたを見送ってくださることになる方と、話し合ってみてください。」
以下の項目について確認します。
『脳死』と心臓死との違い
『脳死』と植物状態との違い
『脳死』状態の持続期間
『脳死』判定(臨床的『脳死』の判定と移植のための『脳死』の判定)
 外国の『脳死』判定の例
 判定された状態からの回復の例;実例・回復する機能・件数・確率
『脳死』判定のミスについて;実例・件数・確率
『脳死』者の数 臓器移植を待つ人の数
 臓器移植によって救われる病気; 心臓停止後の臓器提供の場合・『脳死』後の臓器提供の場合
 不足している臓器;種類・数
 臓器移植の成功例・失敗例の実数と割合
 臓器売買の実態
 臓器移植についての情報を得られるところ

臓器提供意思登録カード(例)
1.私は、『脳死』後、移植の為に○で囲んだ臓器・組織を提供して、『脳死』状態を終える意思を登録しています。
 心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓・小腸・眼球(角膜)・血管・心臓弁・皮膚・骨・そのほか( )
2.私は、心臓が停止した後、移植の為に○で囲んだ臓器・組織を提供する意思を登録しています。
 腎臓・膵臓・眼球(角膜)・皮膚・骨・そのほか( )
署名年月日
本人署名(自筆)
保証人署名・連絡先(自筆)
連絡先:日本臓器移植ネットワーク

保証人についての説明
  末期医療選択カード、臓器提供意思表示カード、臓器提供意思登録カードには、保証人の自筆の署名が必要である。
  保証人は成人でなければならない。
  保証人に、本人の家族がなってもよい。
  しかし、家族が本人の選択に反対の場合や、家族が高齢だったり子供だったりして、保証人の役割を果たすことがむずかしいとき、または、本人に家族がいないときなどは、家族以外の人を、保証人に選ぶことができる。
  保証人は、家族がいる人にとっても家族がいない人にとっても、末期医療の選択が履行されるのを見届け、臓器提供において、本人に代わって、権利を主張する主体となる。基本的に、成人は、本人の意思だけで臓器提供でき、家族の同意は必要ない。35)

<臓器提供意思の保証人の役割>
臓器提供希望者が、心臓停止状態または『脳死』状態になったとき、
本人にかわって、臓器提供の意思があることを、医師に告げ、
臓器提供意思表示カードとチェックカード、または、臓器提供意思登録カードを確認し、
臓器提供時に作成される、脳死判定やそのほか臓器提供に関する書類に立会人として署名し、
臓器提供後、臓器を提供した本人のカルテのコピーや、
脳死判定やそのほか臓器提供に関するあらゆる書類のコピーを請求し、
臓器移植を検証する権限を持つ第三者機関や、
移植に関わった医師以外の医師に検証を依頼することである。
  臓器提供希望者が、心臓停止、または、『脳死』状態になったとき、臓器提供意思表示カード、または、臓器提供意思登録カードに署名している保証人が、立ち会っていなかったら、臓器を摘出してはならない。保証人は、臓器提供希望者が受けている救急医療・末期医療・移植のための臓器摘出の準備などに、疑問があれば、医師や看護婦などに質問し、必要があると判断した場合には、外部の医師に相談したり、転院を申し出たりすることができる。また、やむをえない場合は、臓器提供をとりやめることもできる。臓器提供をとりやめた場合、医師および移植コーディネーターはその報告書を書き、臓器提供者の保証人は、それらの報告書を読み、コピーをとることができる。
  保証人には、社会的なバックアップが必要である。
  保証人には、臓器提供に関するあらゆるデータを無償で提供し、検証を依頼できる機関や医師を紹介する。検証に要する費用は国が負担する。万一、訴訟を起こすことになったら、第三者の検証機関が、保証人の代理で告訴し、費用も負担する。そのかわり、訴訟に勝ったら、補償金は、検証機関に払われ、他の人の訴訟費用や検証の費用に当てる。これは、臓器提供者への損害賠償であり、遺族への慰謝料とは別である。

末期医療選択カードについての説明
  1.または、2.を選択した場合は、末期医療選択カードだけを携帯すればよい。
  末期医療選択カードは、常時、携帯することが望ましい。
  『脳死』状態になったとき、末期医療選択カードが見つからず、保証人も見つからなかったら、1.または、2.を、医療スタッフと、『脳死』状態の人を看取る人々との、相談のうえで、選択する。
  3.「『脳死』後の臓器提供」、4.「心臓停止後の臓器提供」を選択した場合は、臓器提供の意思を登録しない方法と、登録する方法と二通りある。登録しない場合は、臓器提供意思表示カードとチェックカード、登録する場合は、臓器提供意思登録カードを携帯することになる。

臓器提供意思表示カードについての説明
  臓器提供意思表示カードで、提供する臓器・組織を特定する。全部を選んでもよい。
  臓器提供意思を記入した末期医療選択カードだけを携帯していても、臓器を提供できない。
  医師は、臓器提供意思を記入した末期医療選択カードだけを携帯している人から、医師の判断で臓器または組織を選んで摘出してはならない。

<臓器提供拒否権者>
臓器提供意思表示カードでは、臓器提供希望者が、臓器提供拒否権者を指名できる。
臓器提供拒否権者は、保証人と同じで、成年であれば、家族であってもなくてもよい。
臓器提供希望者が『脳死』状態や心臓停止になったときに、臓器提供拒否権者は、臓器提供拒否意思表明書に記入記名捺印することによって、臓器を摘出させないことができる。
臓器提供に反対でなかったら、承諾や拒否の意思を示す書類は、何も作らなくてもよい。
チェックカードについての説明
  チェックカードは、『脳死』後の臓器提供の意思を表示している人が、『脳死』と身体死の違いについて、理解していることを確認するための書類である。健康保険証と同じぐらいの大きさ(二つ折か三つ折)で、臓器提供意思表示カードと一緒に持ち歩く。
  前文の後に記載されているすべての項目にチェックしていなければ、『脳死』と身体死の違いについて、理解していないとみなす。どの項目にも、数行ずつ、簡単な説明やデータを記述しておく。
  チェックカードは、『脳死』後の臓器提供についての最低限の知識を確認するためのカードであり、『脳死』後の臓器提供の意思を表示するものではない。したがって、すべての項目にチェックしてあっても、それだけでは、『脳死』後の臓器提供の意思を表示したとは認められない。
  もっとも、チェックカードのすべての項目にチェックしていたとしても、全部をよく読み、よく考えてチェックしたという保証はない。また、チェックカードの内容だけで、『脳死』後の臓器提供について、充分な知識を得たとは言えない。
  むしろ、チェックカードは、『脳死』後の臓器提供について、最低限持っていてほしい知識を提供し、さらに、臓器移植についてよりよく知るきっかけとするためのものである。
  そのために、「臓器移植についての情報を得られるところ」の項目を設けておく。
  「臓器移植についての情報を得られるところ」には、日本臓器移植ネットワークの電話番号の他に、複数の団体・個人の連絡先やホームページのURLを示す。臓器移植に賛成・反対双方の立場のものを含むようにする。さらに、記述したものの他にも、情報を得られるところや本などがあることを、但し書きで付け加える。

臓器提供意思登録カードについての説明
  臓器提供の意思を登録することを希望する人は、日本臓器移植ネットワークに連絡して、説明を受けに行く。
  家族等、最期を看取ってもらう可能性のある人と一緒に行ってもよい。
  説明を行なうときには、臓器移植法を説明する冊子を配布する。
  説明を受けた当日に、臓器提供の登録を行なってはならない。
  説明を受けた後、登録をせずに、臓器提供意思表示カードを持つことにしてもよい。あるいはまた、説明を受けた結果、臓器提供の選択を取り消して、末期医療選択カードの1.または、2.を選択し直してもよい。その場合、1.または、2.のほかに、5.も選択する。
  日本臓器移植ネットワークは、説明を受けた人に対して、登録するかどうかの意思を問い合わせたり、前もって登録の日を決めたりしてはならない。
  後日、最終的に臓器提供に同意したら、臓器提供希望者は、改めて日本臓器移植ネットワークに連絡して日を決めて、保証人になることを引き受ける人とともに、臓器提供登録に行く。
  臓器提供希望者は、試験を受け、臓器移植に関する、最低限必要とされている知識を持っていることを確認する。
  保証引き受け人が、保証人の役割についての承諾書を確認し、署名捺印したら、臓器提供意思登録カードを発行する。
  臓器提供意思登録カードは、常時、携帯することが望ましい。
  末期状態になった人が臓器提供意思登録カードを携帯していて、保証人が立ち会ったら、日本臓器移植ネットワークに連絡して登録を確認する。
  『脳死』状態になったとき、臓器提供意思登録カードが見つからず、保証人も見つからなかった場合、末期医療選択カードの1.または2.を、医療スタッフと『脳死』状態の人を看取る人々との相談のうえで、選択する。
  臓器提供登録は、法律で期間を決めて、更新する。
  日本臓器移植ネットワークは、臓器提供意思登録者に、定期的に、臓器移植についての年次報告を送付する。
  臓器提供意思登録者は、更新時に、意思の変更を告げて、登録を取り消すことができる。
  登録を取り消した人の臓器提供意思登録カードは破棄される。

末期医療選択カード・臓器提供意思表示カード・チェックカードの配布
  運転免許証の発行や更新のときに、 成年・未成年の区別なく、免許証と一緒に、末期医療選択カード・臓器提供意思表示カード・チェックカード・地域の救急医療体制と末期医療と移植医療を説明する冊子を配布する。
  運転免許をとらない人に向けては、病院・診療所・保健所、大学・専門学校・高等学校等の保健管理センター等に、末期医療選択カード・臓器提供意思表示カード・チェックカード・地域の救急医療体制と末期医療と移植医療を説明する冊子を置く。
  地域の救急医療体制と末期医療と移植医療を説明する冊子は、自治体が作成し、救急指定病院の場所、集中治療室の数、脳低体温療法のできる病院の場所と対象となる症例、リハビリテーション施設の場所、最寄りの脳死判定のできる病院の場所、最寄りの移植手術のできる病院の場所、希望者に末期医療についての説明を行なう場所等を載せる。

末期状態の患者の家族への説明
  移植コーディネーターは、移植について、末期状態の臓器提供希望者の家族に説明する。
  家族は、移植コーディネーターによる説明を拒否することはできない。
  しかし、移植コーディネーターは、同意を得るために、家族を説得しようとしてはならない。
  家族は、移植コーディネーターに会う前に、医療ソーシャルワーカーに相談することができる。
  移植コーディネーターの説明を聞くときに、ソーシャルワーカーの同席を求めることができる。
  臓器提供希望者の保証人に家族以外の人がなっている場合は、保証人も家族への説明に同席する。
  移植コーディネーターが、家族に説明するときには、予め家族に断わって、会話を録音し、筆記記録も残す。記録は二部コピーをとり、一部は、臓器提供希望者の保証人に、一部は、後で第三者の検証機関に提出されるようにする。録音も、二部ダビングする。それらの録音や筆記の道具は、移植コーディネーターが用意する。
  臓器提供後、録音・記録は第三者機関によって検証されなければならない。
  保証人にならなかった、臓器提供者の家族は、臓器提供関係の書類を閲覧できる。

臓器を摘出するとき
  心臓停止後も、脳死判定後も、臓器の摘出を急いではならない。
  『脳死』後の臓器提供では、家族など、臓器提供希望者の最期を看取る人々が、医師による、臓器を提供する人の『脳死』の診断を、事実として受け容れるまで待たなければならない。
  看取りの時間は充分に保障しなければならない。

成人の証明
  成人が臓器を提供する場合、臓器提供意思表示カードとチェックカード、または、臓器提供意思登録カードの他に、成人であることを示す、生年月日の記入された身分証明書(運転免許証または健康保険証など)を携帯している必要がある。
  成人であることを証明するものがなかったら、保証人以外の家族の同意を得なければ臓器を提供することはできない。この場合の同意を得る家族とは、未成年の臓器提供の場合に同意を得る家族の扱いに準じる。

臓器提供拒否の意思を表示しない自由
 臓器提供拒否の意思を表示する義務はない。
 臓器提供意思表示カードを持っていない人、
 臓器提供意思登録カードを持っていない人、
 末期医療選択カードを持っているが何も書いていない人、
 臓器提供意思表示カードを持っているが何も書いていない人、
 ノンドナーカードを持っている人、および、
 末期医療選択カードに、臓器を提供しない意思を表示している人からは、
 臓器を摘出してはならない。
 また、家族が臓器提供を申し出ても、摘出してはならない。

他者の意思の尊重
  末期医療選択カード、臓器提供意思表示カードの携帯や記入を保証人以外に表明する義務はない。

臓器提供意思の登録を秘密にする自由
  臓器提供意思の登録を保証人以外に表明する義務はない。

未成年の場合
  臓器提供意思表示カードとチェックカード、または、臓器提供意思登録カードを持っていても、本人が末期状態になったとき、家族の同意を得なければ、臓器を摘出することはできない。
  同意を得る家族は、親などの本人の養育に係る保護者、または、配偶者などの明白に他の人々よりも近親な共同生活者、に限定する。
  同意を得た場合は、臓器提供承諾書に記入、記名、捺印してもらう。

・16歳以上の人
16歳以上の人は、運転免許を取ることができる。
それゆえ、命に対して重い責任を負うことができるようになったものとみなす。
臓器提供を希望する場合、臓器提供意思を表示することも、登録することもできる。

・登録しない場合
臓器提供意思表示カード、チェックカードを携帯する。
保証人を、親などの保護者、配偶者などの明白に他の人々よりも近親な共同生活者、以外の人から選ぶ。
臓器提供拒否権者を、親などの本人の養育に係る保護者、配偶者などの明白に他の人々よりも近親な共同生活者、のなかから選ぶことができる。
臓器提供拒否権者は、同意を得る家族とは別人でなければならない。

・登録する場合
臓器提供意思登録カードを携帯する。
保証人を、親などの本人の養育に係る保護者、配偶者などの明白に他の人々よりも近親な共同生活者、以外の人から選ぶ。

・15歳以下の人の末期医療の選択と臓器提供
15歳以下の人は、運転免許を取ることができない。
それは、まだ、命に対して重い責任を負うことができないものとみなして、16歳以上の人とは
別に、末期医療と臓器提供について、規定する。

・15歳以下の人への末期医療選択カードの配布
少年少女の教育や保育や医療を行なう機関にも、末期医療選択カードを置いてもよい。
しかし、15歳以下の人が、末期医療選択カードを自由に取ることができないようにする。
教育や保育や医療を行なう機関は、末期医療選択カードを置いていることを、サービスの対象となる少年少女に広く告げてもよい。
  しかし、末期医療選択カードを広く配布してはならない。必ず、本人の希望が表明されてから、教育や保育や医療に携わる職員が、ひとりひとり、末期医療選択カードを手渡して、そのときに、本人にわかるように、末期医療のことを説明する。それは、死の準備教育とは別のもので、死の準備教育を受けている人に対しても、受けていない人に対しても、末期医療について、説明する。そして、地域の救急医療体制と末期医療と移植医療を説明する冊子に、説明した人の署名をして、末期医療選択カードと一緒に渡すようにする。
  末期医療選択カードを、死の準備教育の授業で配布してはならない。しかし、実物を示して説明するのは構わない。

・15歳以下の人の臓器提供意思の表示
15歳以下の人は、臓器提供の意思を表示できるが、登録はできない。
  15歳以下の人が、末期医療選択カードの3.「脳死後の臓器提供」、4.「心臓停止後の臓器提供」を選択したら、日本臓器移植ネットワークに連絡し、親などの本人の養育に係る保護者と一緒に、臓器移植の説明を受けに行く。
  説明担当者は、臓器提供意思表示カード、説明者の署名入りのチェックカードを、本人に渡す。 親などの本人の養育に係る保護者にも、説明者の署名入りのチェックカードを渡す。
  臓器提供意思表示カード、チェックカードには、説明を受けたその場で、記入してはならない。 日本臓器移植ネットワークは、後日、記入したかどうかを確認してはならない。

・15歳以下の人の保証人
本人と親などの本人の養育に係る保護者とが相談して選ぶ。
  15歳以下の人の、末期医療選択カードの保証人と、臓器提供意思表示カードの保証人は、同一人物であってもいいが、ただし、地域の救急医療体制と末期医療と移植医療を説明する冊子に署名した人とは、別人でなければならない。そして、親などの本人の養育に係る保護者以外の、成人の近親者か、本人のかかりつけの医師、学校の担任の教師、保育士、そのほかの、本人の教育や保育や医療に携わる人でなければならない。

・15歳以下の人の臓器提供拒否権者
本人と親などの本人の養育に係る保護者とが相談して選ぶ。
  親などの本人の養育に係る保護者以外の、成人の近親者か、本人のかかりつけの医師、学校の担任の教師、保育士、そのほかの、本人の教育や保育や医療に携わる人で、保証人に選んだ人以外を選ぶ。

・家族の同意について
臓器提供意思表示カードに記入し、日本臓器移植ネットワークの説明者の署名入りのチェックカードのすべての項目にチェックしている、15歳以下の人が、心臓停止または『脳死』状態になったとき、親などの本人の養育に係る保護者が同意しなければ、臓器を提供できない。
  親などの保護者は、本人に学校等で説明した人の署名入りの、地域の救急医療体制と末期医療と移植医療を説明する冊子を、提示する。
  本人が3.「『脳死』後の臓器提供」を選択している場合は、親などの本人の養育に係る保護者も、日本臓器移植ネットワークの説明者の署名入りのチェックカードを提示する。保護者のチェックカードも、すべての項目にチェックされていなければならない。これは、親などの本人の養育に係る保護者自身の臓器移植についての認識を確認するためである。保護者自身の臓器提供の意思を確認する必要はない。
  親などの本人の養育に係る保護者が臓器提供に同意したとき、承諾書に記入、記名、捺印する。

こども用の、末期医療選択カード、臓器提供意思表示カード、チェックカード
  13歳未満の人は、こども用に、漢字にふりがなをふるなどわかりやすく工夫した、末期医療選択カード、臓器提供意思表示カード、チェックカードを使う。
  こども用のチェックカードでは、おとなの事例よりもこどもの事例を多く載せるようにする。
  13歳未満の人でも、成人用の末期医療選択カード、臓器提供意思表示カード、チェックカードを理解できる場合がある。
  しかし、臓器を提供する場合には、こども用のカードを提示しなければならない。
  こども用のカードに、年齢の下限は設けないが、臓器を提供する場合は、おとなと同じように、自筆記入でなければ、無効とする。
  13歳未満の人でも、末期医療選択カード、臓器提供意思表示カード、チェックカードを、自分で持ち歩くことが望ましいが、親などの本人の養育に係る保護者が本人の代わりに提示してもよい。
  臓器を提供しないと記入したこども用の末期医療選択カードを、13歳以上の人が持っていたら、それは有効にする。
  臓器を提供すると記入したこども用の末期医療選択カード、こども用の臓器提供意思表示カードを13歳以上の人が持っていたら、それは無効にする。
  『脳死』後の臓器提供の意思を記入した、成人用の臓器提供意思表示カードを13歳以上の人が持っていても、こども用のチェックカードを持っていたら、臓器提供意思表示カードを無効にする。

6歳未満のこども
  現行法では6歳未満のこどもの脳死判定基準はないが、改正法では、策定される予定である。
  したがって、6歳未満のこどもの『脳死』後の臓器提供が許される条件も、考えてみる。
  しかし、これは、たいへんむずかしく、ここで提案する条件は、仮の案であり、決定的なものは、わからない。
  ここで対象とするのは、6歳未満3歳以上で、本人の自筆で臓器を提供すると記入した子供用の末期医療選択カードがない場合、とする。なお、3歳未満の人からの臓器提供は、認めない。

(1)親がそのこどもを虐待していない。
(2)親が、こどもの死を受け容れている。
(3)親が、医師や看護婦などの医療従事者であるか、または、家族や親戚、友人・隣人・同僚等交友関係者に、移植待機患者や移植手術を受けた人がいて、移植医療の意義を理解している。
(4)そのこどもの『脳死』状態が既に一ヶ月以上持続しており、親が、看護、または、看取りをする時間が充分に確保され、必要に応じてソーシャルワーカー等のケアを受けて、さらに長期間にわたって、看護または看取りを続ける経済的精神的余裕を残している。
(5)こどもが、生前、生や死について親と語り合ったことがあり、こどもが死ぬときに、他のこどものために臓器や組織を提供することが、こども本人の気持ちに添うと信じるに足る証拠を、書面・絵・ビデオ等で、親が提出することができる。
(6)以上のことを家庭裁判所で審査する。36)
  6歳未満3歳以上で、本人の自筆で臓器を提供すると記入した、子供用の末期医療選択カードがない場合、親の承諾というよりも親からの申し出で、臓器提供をするかどうか、という話になる。
  親からの申し出がないのに、医師などが臓器提供の意思を尋ねてはならない。
  この場合、初めから保証人というものはいない。それで、こどもが自筆で記入した子供用の末期医療選択カードを持っている場合なら、保証人の役割をとれる立場の人が、承諾しなかったら、
臓器を提供できないことにする。
  保証人の立場をとれる人が承諾しても、他の家族が反対したら、とりやめる。その場合は、反対の意思表明書に記入、記名、捺印する。
  『脳死』後の臓器提供は、親がこどもの臓器提供を申し出、保証人の立場をとれる人も賛成し、他の家族も反対しなかったとき、初めて、家庭裁判所の審査を受けることにする。
  心臓停止後の臓器提供は、親がこどもの臓器提供を申し出、保証人の立場をとれる人も賛成し、他の家族も反対しなかったとき、上記の(1)(2)(3)の条件を満たしていれば、家庭裁判所の審査を経ないで臓器提供してもよい。その場合、医療ソーシャルワーカーが立ち会い、(1)(2)(3)の条件を満たしていることを報告書に記録する。
  以上のように、6歳未満のこどもの臓器提供が許される条件を提示してみたが、これは移植を待つ人々の立場から見れば、厳しい条件であると思われる。しかし、救急医療の現場に携わる方からは、少しも厳しいとはいえないという御意見をいただいている。37) すなわち、現状では、社会的に、小児救急外来の態勢が整っていない。
  本来、救急医療は、救急患者本人のために、態勢を整えられるべきである。だから、なにも、移植待機患者のために、救急医療の充実を図るわけではないが、事柄の順序として、まず、小児救急医療を充実させて、それから、小児の移植を考えるべきである。臓器移植法改正で小児移植を可能にすることをめざすのであれば、まず法律で小児救急の水準を定め、臓器提供可能施設とされた病院の小児救急外来の実状を調査し、水準を満たす病院がなければ、小児移植の実施は先へ延ばすべきである。

ドナーの遺族とレシピエントとの交流
  移植コーディネーターは、次の情報を、ドナーの意思に同意した遺族、レシピエント、それぞれに伝えることができる。なお、一方に他方の情報を伝えるときには、必ず事前に確認をとり、許可を得ることとする。

レシピエントの氏名・年齢・性別・移植の予後についての情報
ドナーの氏名・年齢・性別・死亡の原因となった疾患・末期医療についての情報
ドナーの臓器移植についての考えが、末期医療選択カード以外の文書にも表明されている場合、それもレシピエントに伝えてもよい。
住所・電話番号・メールアドレスなど連絡先に関する情報は、移植コーディネーターが、ドナーの遺族・レシピエント双方との面接や文通などを通して状況をよくつかみ、必要とあれば、ドナーの遺族の相談にのっているソーシャルワーカーなどとも連絡をとり、ドナーの意思に同意した遺族とレシピエントと双方の了解を得たうえで、伝えてもよい。
  移植コーディネーターは、ドナーの遺族と、レシピエントが、面会や文通などの交流を行うとき、必要とあれば、側面から援助し、記録を残す。しかし、管理しようとしてはならない。双方の交流に不適切なものがあると判断した場合は、ただちに介入し、積極的に相談にのり、必要とあれば、臓器移植を検証する権限を持つ第三者機関に訴えることができる。 第三者機関が訴えを受理したら、移植コーディネーターは、ドナーの遺族とレシピエント双方についてのすべての記録を第三者機関に提出し、ドナーの意思に同意した遺族とレシピエント双方にも、コピーを提供する。

臓器移植関連の情報の公開
  臓器移植を検証する権限を持つ第三者機関・臓器移植ネットワークは、毎年、会計報告を公開し、誰でも自由に閲覧・複写できるようにする。
  医学的情報は、ドナーとその保証人・遺族、レシピエントとその家族の、プライヴァシーを侵害しないもののみ、公開される。
  医学的情報以外のドナーに関する情報は、ドナーが前もって公開を希望していたものがあれば、公開される。
  ドナーの遺族に関する情報は、当人が許可を与えたもののみ、公開される。
  医学的情報以外のレシピエントに関する情報は、当人が許可を与えたもののみ、公開される。
  レシピエントが幼くて自分で諾否を答えられない場合は、レシピエントの親などの本人の養育に係る保護者が諾否の返答をする。

2.4. 残された課題
  本試案では、臓器提供を末期医療の選択肢ととらえ、本人の意思を最大限に尊重することに、工夫を凝らした。そのため、実施するとなれば、国や自治体、そして、臓器提供に関する意思表示を行う市民にとって、かなり、てまひまのかかるものになった、と思う。
  また、ぬで島次郎が、「脳死と移植をめぐる政策課題」で提示した、現行法の改善すべき点も、取り入れることができなかった。重要な論点であるので、いまここに挙げておくと、主要臓器とそれ以外の組織の研究目的の利用について、本人同意・無償・匿名といった原則を定め、臓器移植法を包括的な法律にすること、移植医療への保険適用の問題、臓器提供者保護を基本とした異状死の扱い、である。これらは、今後の課題として残った。
 
 

謝辞
  この論文を書くきっかけを与えてくださり、ホームページやメールで多くの知識と助言を与えてくださった、森岡正博教授に感謝致します。
  「森岡正博の生命学ホームページ」そのほかの掲示板では、多くの方々から、情報や貴重な御意見をいただきました。臓器提供意思の登録については、メールで、ジンジムさんから運転免許証の制度を参考にするアイディアを、M.M.さんから献体法やオランダの登録制度の情報をいただきました。
  ここに、深く感謝を捧げます。
 

1)  「臓器の移植に関する法律 附則」
第1条(施行期日)この法律は、公布の日(平成9年7月16日)から起算して三月を経過した日から施行する。
第2条(検討等)この法律による臓器の移植については、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行の状況を勘案し、その全般について検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるべきものとする。
なお、全文が、以下のURLにある。
http://www.medi-net.or.jp/tcnet/DATA/law.html

2)  ぬで島次郎、脳死と移植をめぐる政策課題、臨床死生学、2000;5, p.54. ぬで島は、「世界」2000年11月号で、「臓器移植法見直し 真の論点」(p.130-139)で、この問題をさらにくわしく述べている。

3)  ぬで島、前掲論文、p.56.

4) 「厚生科学研究 免疫・アレルギー等研究事業(臓器移植部門)」の「臓器移植の法的事項」の分担研究者、町野朔は、2月18日に、その中間報告として、「『小児臓器移植』に向けての法改正─二つの方向─」を発表した。さらに、8月22日に、研究班としての最終報告、「研究課題:臓器移植の法的事項に関する研究─特に「小児臓器移植」に向けての法改正のあり方─」を発表した。両方とも、「森岡正博の生命学ホームページ」の「臓器移植法改正を考える」で公表されている。
http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/machino01.htm
http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/machino02.htm

5)  森岡正博の「子どもにもドナーカードによるイエス、ノーの意思表示の道を」(『論座』2000年3・4月号、p.200-209)は、「森岡正博の生命学ホームページ」の「臓器移植法改正を考える」に転載されている。http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/library01/kodomo.htm
同じく「臓器移植法、『本人の意思表示』原則は堅持せよ」(「世界」2000年10月号、「世界」論文p.129-137)も、転載されている。http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/library01/noshi04.htm

6)  ぬで島、前掲論文、p.57.

7) 本稿は、「森岡正博の生命学ホームページ」の「臓器移植法改正を考える」で掲載していただいた「てるてる案」をもとに改訂を加えている。http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/teruteru.htm

8)  特集アスペクト<81> ドナー・脳死・臓器移植―日本における移植医療の「現在」、黒川清・厚生省公衆衛生審議会臓器移植専門委員会委員長協力、アスペクト、p.201-214, 2000.

9)  野村祐之著、死の淵からの帰還、岩波書店、p.151, p.153, 1997.

10)  国際移植者組織トリオ・ジャパン http://square.umin.u-tokyo.ac.jp/trio/ 要望書http://square.umin.ac.jp/trio/youbou.html 要望書では、以下の3項目を挙げている。
1. 法律の見直し
   ・「二つの死」が存在しない法律に改める。
   ・脳死下における臓器提供要件を拡大し、本人が反対の意思を書面により表示していない
    ときは、家族の承諾により提供できるものとする。
2. 臓器移植医療にかかる医療費を健康保険の対象とする。
3. 渡航移植に対する医療費補助制度を設ける。

11)  中山研一、アメリカおよびドイツの脳死否定論、法律時報、72巻9号、p.55, 2000.

12)  森岡正博の生命学ホームページ」の「臓器移植法改正を考える」
http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/ishokuho.htm

13)  2000年9月4日付、毎日新聞、文化欄<21世紀>への視点 、「大切な『本人の意思』原則─臓器移植法改正への懸念」
http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/library01/noushi04.htm

14) ドイツの新臓器移植法は、日本の臓器移植法と同じく、1997年に制定された。
ドイツの臓器の提供、摘出及び移植に関する法律http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/d110.htm

15)  中山研一、アメリカおよびドイツの脳死否定論、法律時報、72巻9号、p.56, 2000.

16) 親権者が子の代理をして子の労働契約を結ぶ場合に、子の同意を必要として子の利益を守ろうとしたが、親孝行の子ほど、親の窮状を見かねて同意を与えてしまうため、規定の意義がいかされなかった。こうした反省から、現在では、子を代理して労働契約を結ぶことはできない(労基法58条)。参照「家族法と子どもの意見表明権 子どもの権利条約の視点から 二宮 周平」
http://www.lex.ritsumei.ac.jp/97-6/ninomiya.htm

17)  世論調査報告概要平成12年5月調査 臓器移植に関する世論調査
http://www.sorifu.go.jp/survey/zouki/index.html

18)  日本移植者協議会 JTRニュースレター NO.10(2000年3月発行)
http://www.jtr.ne.jp/news-no10.html
要望書では、以下の6項目を挙げている。
1. 6歳未満の脳死判定基準の策定を含め、15歳未満の脳死臓器提供を可能にしてください。
2. すべての臓器移植に関わる費用を早期に健康保険適用としてください。
3. 全ての臓器移植者を身体障害者として認定してください。
4. 臓器移植、臓器提供に関し積極的に広報活動を行ってください。
5. 地域的不公平をなくすよう、臓器移植施設、臓器提供施設を増やしてください。
6. 臓器移植に関するコーディネーターの身分保障をしてください。
7. 救急施設において、臓器提供意思表示カードの有無の確認を義務づけてください。

19)  寺沢浩一、日常生活の法医学、岩波新書、p.72-73, 2000.

20)  中山研一、アメリカおよびドイツの脳死否定論、法律時報、72巻9号、p.54-55, 2000.

21)  中山研一、前掲論文、p.56-57.

22)  中山、前掲論文、p.57.

23)  中山、前掲論文、p.57.

24)  中山、前掲論文、p.58-59.

25)  酒井安行、生体からの摘出は絶対にできないか、法学セミナー、No.454, p.46, 1992/9.

26) ぬで島次郎、「ヒト組織の移植等への再利用のあり方について(案)」に対する意見、2000年3月 http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/nude.htm

27)  著作者人格権。それぞれ、著作権法第18条(公表権)、第19条(氏名表示権)、第20条(同一性保持権)である。その一身専属性については、以下の条文に規定されている。
第59条
著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。
第60条
著作物を公衆に提供し、又は提示する権利は、その著作物の著作者が存しなくなった後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。

28) 石原明著、医療と法と生命倫理、神戸学院大学法学研究叢書 8, p.189-190, 日本評論社、1997.

29) 川口浩一は、1990年の論文で、死後の身体の処分について、遺族の権利は、葬儀・埋葬に関する事項に限定され、臓器摘出に関しては、「自分の死後、自己の意思に反して臓器が摘出されることはない」という生者の一般的期待が保護されているので、「本人の自己決定があれば正当化される」が、「本人の意思が不明の場合」には、「同意の存在の推定」を認めることはできない、としている。
 また、脳死を個体死とせずに、安楽死の場合と同様に、「脳死は回復不可能な場合であることは間違いなく、そのような場合に国家が本人の自己決定権を無視してそのような状態の継続を強制することは後見的な保護の観点からも正当化されえない」とし、「脳死状態に陥る前に本人が真摯に自己の臓器を提供し、それによって死亡することに同意している場合には、その臓器摘出行為は正当化される」とする説を述べている。さらに、生者からの臓器摘出に関する同意に関して規定すべきとし、未成年者および精神障害者からの臓器摘出を厳密な条件の下でのみ認める、医師に対してドナー側からインフォームド・コンセントを得ることを義務づける、「生命に対する危険のある場合」には摘出できないとする、等のモデルを提示している。(川口浩一、臓器移植法における提供者の同意要件について、大阪市立大学法学雑誌、36巻3・4号、 p.421-442)

30) 中山研一・福間誠之編、臓器移植法ハンドブック、日本評論社、p.63-64, 1998.

31) 立花隆著、脳死、中公文庫、p.116-118, 1988. 立花隆著、脳死臨調批判、中公文庫、p.107, 1994.

32) 森岡正博著、脳死の人、法蔵館、p.49-51, 2000.
日本臓器移植ネットワークのホームページより「蘇生が不可能な状態での家族の選択肢」
http://www.jotnw.or.jp/transplant/transplant.html

33) yukiko著、「脳死の人」の看取りと、死別後の家族の援助について--医療ソーシャルワーカーの役割-、2000年7月18日http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/yukiko01.htm

34)  レネイ=フォックス・ジュディス=スウェイジー共著、森下直貴・倉持武・窪田倭・大木俊夫訳、臓器交換社会、原書名:Spare Parts:Organ Replacement in American Society, 青木書店、p.81-97, 1999.

35) 川口浩一は、29)の前掲論文で、「遺族には葬儀・埋葬を越えた死体の処分権は認められないし、遺族の範囲・優先順位の確定にも異論がありえ」るので、「死体からの臓器摘出についても」「専ら本人の意思を基準にして判断すべきである」と述べている。

36) 1992年の「脳死及び臓器移植に関する重要事項について(答申)−臨時脳死及び臓器移植調査会−」(脳死臨調)では、「IV 『脳死』を『人の死』とすることに賛同しない立場で」(少数意見)で、「『脳死』移植が本当に人々に理解されるまでの間は、本人の意思表示があるかどうか、『脳死』および摘出・移植についての理解、判断能力、意思表示の自発性について、家庭裁判所ないしはこれに比肩しうる独立かつ公正な審査システムが事前に審査確認する制度を採用することとし、ドナーカードの普及に全力を挙げるべきである」と述べられている。ここでは、おとながドナーカードを持っていない場合に、家庭裁判所などの審査制度を設けることを提案している。

37) 2000年10月17日、衆議院議員第1議員会館第1会議室、国会議員勉強会「脳死・臓器移植勉強会=臓器移植法の見直しについて=」出席者:衆参両院議員、脳死・臓器移植反対派諸団体、人類愛善会代表および会員有志、一般参加者、において救急医療に携わる方から御指摘いただいた。

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