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天翔け地這う 第2巻 超々人への道・サンプル

 

第一章


 1

「よくできた。ではつぎだが……」
 老人は耀にほほ笑みかける。彼は耀の教育係だった。名をハクリという。頭髪はなく、眉は白く、顎には白い髭が長く伸びている。年をとっているが、足腰はしゃきっとして、背は高い。一メートル八〇センチはゆうにある。
 耀が「天の組織」の正式メンバーになるには、いくつかの「術」を習得しなければならなかった。たとえば、透明自在、瞬間移動、変幻自在、一体同化、タイムスリップといったものが基本の技で、いまその訓練中だった。
「術」の訓練に入ると、耀は幼児の体つきでなくなっていく。訓練とともに、身体も成長するのか、バランスのとれた体格となった。技をかけると、つねにその技が最高の効果を発揮するように、本人の体格がその技の最適身体条件をもつように自動的に修正されるらしい。要は、「術」がつねに最高の状態で用いられるということだ。
 耀は飲み込みが早かった。こどもだったせいか、頭には余計な夾雑物が入っていず、それだけに新たなものを素直の吸収できたのかもしれない。
 だが吸収が早いものは、往々にして、応用問題に弱いものだ。
 長年教育係を努めてきたハクリには、その点、心得たもので、耀につぎつぎとさまざまな応用問題を課していく。
「ヨウ、つぎは敵に捕まったときに逃げ出す方法だ。ヨウが敵に捕まって頑丈な牢に入れられてしまった。どうやって、抜け出すか」
「敵がボクを捕まえることができるんですか……」
 耀は透明自在、瞬間移動、変幻自在の「術」を使えば、誰も捕まえることができないはずだと思った。捕まることがないのに、なぜこんな問題を解かなければならないのか、理解できないのだ。
「それは分からん。とにかくどんな事態にも備えておくことだ。いいかね。じゃ、ヨウ、いくよ」
 ハクリの手を叩くと、鉄柵が天から降りてきて、耀が鉄格子の牢に閉じこめられてしまう。耀は鉄格子の隙間から難なく抜け出てしまう。
「よーし。だが出ただけではすぐ捕まってしまうぞ。どうする……」
 ハクリはヨウをじっと見つめ、つぎの行動を促す。
「すぐ遠くへ逃げる。それから……」
「そうだな。それからどうする……」
「えーと……」
 耀は習い立ての「術」を思い浮かべる。透明自在、瞬間移動、変幻自在、一体同化、タイムスリップ……。
「そうか。姿を変えたり、消したりすれば気付かれない。牢から脱出したら、変装したりして別人になりすますことです」
「そうだね。牢から脱走するときには脱走したあとのこともすべて考えて行動することだ。ではつぎの問題だ。だんだん難しくなっていくぞ。つぎはこれだ」
 ハクリはまた手を叩く。ガラスの箱が降りてきて、耀を閉じこめる。
 耀はすぐ透明自在の技を使って姿を消す。だがそのあとどうしてよいのか分からず、中央に座り込む。
 ハクリはじっとガラス箱を見ている。
 一瞬、ガラスなら叩いて割ってしまえばいいと思った。彼はガラス面に近寄り、思いきり叩く。だがビクともしない。ガラスの壁は鉄格子より頑丈だった。
 彼はこれまで習得した「術」を思い浮かべる。だがガラスの牢屋から抜け出す方法が思いつかない。彼はガラス面に穴や隙間がないかくまなく調べる。ガラス箱はまるでひとつの器のように成型されていて、接着箇所や接合箇所はどこにもなかった。
 彼はガラス越しにハクリを見た。ハクリには透明のヨウが見えるのか、ヨウから目を離さず、ヨウの動きをじっと見つめている。
 ハクリが見ている以上、脱出法はあるのだ。耀はもう一度これまで習得した「術」を思い浮かべる。
 透明自在、瞬間移動、変幻自在、一体同化、タイムスリップ……。
 彼は「術」のひとつひとつを思い浮かべ、闇雲に、頭のなかで技をかけたときのシミュレーションを重ねる。
 透明自在。これは自分が思いのまま透明になる「術」だ。持ち物も透明にできる。だがこれはガラス箱からの脱出には使えそうにない。瞬間移動はどうだ。これもだめだ。
 変幻自在はどうか。これは姿を消したり現れたり、あるいはどんなものにも変わることのできる「術」だが、ガラスの内部構造の隙間を潜り抜けるほどに極微細なものに変わることができるか。耀は頭からムリだと跳ね除けてしまった。
 一体同化もムリだ。ではタイムスリップはどうか。
 彼はタイムスリップのシミュレーションをはじめる。過去へか、それとも未来へか。彼は過去を選ぶ。無造作に、スリップするタイムを一〇年に設定する。スイッチオン。時が刻みだす。
 ハクリが盛んに手を横に振っている。制止の合図か。
 だがもう間に合わなかった。
 耀は宙を飛んで、タイムトンネルを潜り抜けていく。
 
 
 2

「ヨウがスリップした。行方不明になるかもしれない。ミサはどこだ」
 ハクリの慌ただしい声がした。
「耀がどうかしたのかしら」
 未佐はアナウンスに聞き耳を立てる。
「ミサ、日本ブースのスクリーンの前に至急……」
 金属性のアムンの声が響く。
 未佐は訓練場から日本ブースホールへ瞬間移動する。
 スクリーンの前でアムンとハクリが待っていた。
「リセットすればもとの場所に戻るのだが、問題はパニックになったヨウがその方法にいつ気付くかだ」
「気付かなければ……」
「気付くまで、いつまでも彷徨いつづけることになる」
「連絡もできないのですか。一体、どうしてそんなことになったんですか。あのとき、だから……」
 未佐は二人の話に口を挟む。
 ハクリがこれまでの一部始終を話す。
「だから……」
 未佐はアムンを睨み、もう一度繰り返す。「術」をマスターするまでは耀と一緒に訓練するのがいいと言ったのに、自立を重く見るアムンが許さなかったのだ。
「とにかく、ヨウを早く探しだすんだ。ミサ、どこか思い当たるところがないか」
「…………」
「時間を一〇年前に設定したことまでは分かっているのだが……」
「行き先は……」
「分からない。設定したかどうかさえ分からないのだ」
「行く先を設定しないしない場合はどうなるのですか」
「方々を彷徨うことになるが、自分が行きたいところが見つかればそこを目ざすことになるだろう」
「でも一〇年前には、耀はまだ生まれていないわ。生まれていないものに行きたい場所が考えつくかしら。もしかしたら……」
 未佐はモニターを操作する。スクリーンに都市近郊に広がる団地が映し出された。木実子の家がある新興団地らしい。彼女が一時居候として、耀と一緒に過ごしたところだった。
 すぐ近くに雑木林があった。その向こうに産廃処理場の焼却炉のずんぐりした短い煙突が見える。
「もしかしたら、あれが……」
 彼女は独り言を呟きながら、ズームアップしていく。
「そうだわ……」
 一〇年前の風景だったが、彼女はまえにも見たことのあるような気がして、しばらく懐かしそうにスクリーンを見つめていた。この産廃処理場は、一年前、耀と一緒に襲撃したものにちがいなかった。あの夜、焼却炉めがけてダイナマイトを投げ込んだのだ。
「ここの焼却炉だったのかね、きみたちが爆破したのは……」
 アムンの金属性の声が耳元でした。
「ええ……」
 未佐はスクリーンを見つめたまま、軽く頷く。
「この辺一帯が一〇年前と殆ど変わっていないとすれば、ヨウにも見覚えがあるかもしれない。だがヨウはまだ小さかったか……」

 

・・・・・・・・・・・・

(続く)

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