生命学ホームページ 
ホーム > 掲示板 > 投稿・感想 > このページ

作成:森岡正博 
掲示板プロフィール著書エッセイ・論文

English Pages | kinokopress.com

山本直英の性教育について

てるてる

 山本直英の考え方の基本には、<セクシュアル・ライツ>(性的人権または性的権利)の理念があります。<セクシュアル・ライツ>には、制度・慣習・役割からの自由、性自認の自由、性行動の自己決定権、性愛の自由権、性と生殖に関する健康・権利、性に関する健康と環境権、性の学習権があります。
 性教育は、最後の「性の学習権」を保障するものです。それは、次の考えに基づいています。
 「子どもは生まれながらに性の学習権を持っている」
 「子どもが最初に当面する<セクシュアル・ライツ>は性の学習権である」 「学校は子どもの性の学習権を保障するべきである」

 山本は、「性的な自立」と「性的な共生」を可能にすることを目標にして、そのために「科学教育」と「人権教育」を柱にして構成した、性教育を実践しようとしています。
 そのなかで、性交の学習は、人間関係としての「性的な共生」の要であるとしています。そして、性交をめぐる様々な人間関係のあり方を知ることに意味がある、としています。
 性交をめぐる人間関係のあり方については、先に、「売買春合法化論批判」で、次のような山本の考えを紹介しました。

人間が性交(注)する意味は主に五つに整理できます。
・生殖のため
・快楽のため
・触れあいのため
・利益のため
・支配のため

(注)性交には、性器の結合、口腔、肛門、手などによる性行為も含まれるので、「生殖のため」を除けば高齢者や身体障害者や同性愛者のすべてに可能な行為です。

 これらについて、もう少し、山本の文章をもとに敷衍しますと、たとえば、「触れあいのため」の性交は、握手やキス・抱擁などのスキンシップの中で、最大に許しあう、とっておきの触れあいが性交になる、としています。また、触れあいへの欲求は、乳幼児から高齢者まで一生絶えることのない欲求であることを学習することが大切である、と述べています。
 「利益のため」の性交は、売春の他に、閨閥結婚・政略結婚その他、経済的な効率やステイタスを求めての結婚関係にも内在していると述べています。
 「支配のため」の性交には、強姦やセクシュアル・ハラスメントなどがあります。
 別の著書で山本は、買売春は、「利益のため」「支配のため」の要素が強い男女の関係になる、としています。買売春でも、「快楽」「触れあい」のための性交はありえる。しかし、たとえば、「快楽」は、「男にとって排泄だけの快感と、心身の一体感や解放感としての快感とは大きく違うだけに、快楽を求めたとしても寓意的なものでしかない」としています。
 この辺の山本の見解に、私はうなずくものがあります。以前、勝新太郎・田村高広共演の、第二次世界大戦中の中国戦線の兵隊を描いた映画を見たことがありますが、一方が、今日でいう従軍慰安婦の所に行った後で、他方が、「共同便所はいやだよ」というシーンがありました。
 もっとも、なかには、買売春で、純粋に「快楽」「触れあい」のための性交を体験した人々もいると思います。
 ただ、一般的に言って、山本の見解は、おおむね当てはまると、私は思います。特に、東南アジアに少年少女を買いに行く日本の大人たち、日本国内で、他に仕事に就く機会の少ない在留外国人の性を買う人々の場合、買春は人権侵害です。
 山本の性教育に話を戻しますと、性交に現れる意味が、単に性器と性器の結合だけではないことを学習することによって、子どもの性的自己決定能力育成に役立つ、としています。
 そして、中高校生には、先に「売買春合法化論批判」で紹介した、次の五つの要件を同時に満たす性交について語る、としています。山本の文章にあった補足を付けて、もう一度書いてみます。

・それぞれが男・女として成熟していること。(充実した性交は成熟した大人の行為)
・互いに対等であること。(これはとても難しい)
・互いに敬愛していること。(敬愛があればハッスルできる)
・互いに快感を楽しめること。
・性交時に裸身になれるように、羞恥心だけでなく、もろもろの差別や抑圧から解放されていること。(ベッドの上の解放だけでは実現しないかも)

 山本によれば、五つの条件をそろって満たした性交を人に求めれば、買売春と強姦のいずれもが、この条件に反した対極の性交になる。しかし、今日、このような性交体験に疎遠なセクシュアリティに安住している人々が多い。自分の性教育は、若者たちの性交を抑制するためでなく、「素敵な性交のすすめ」となるような性の学習プログラムだと、述べています。
 ちなみに山本は、『ひとりで、ふたりで、みんなと』(東京書籍)という、小学生のための性教育の副読本を複数の教師たちとともに出版しています。しかし、純潔教育をかかげた人々からは、批判されているそうです。

■参考文献
・宮台真司(他)『<性の自己決定>原論』、紀伊國屋書店、1998年
  pp.39-74,山本直英「『性的自己決定能力』を育む性教育」
・山本直英(編著)『セクシュアル・ライツ』、明石書店、1997年
(この本は、<セクシュアル・ライツ>の概念や、性的人権に関す
る国際法規・国内法規、「子どもと<セクシュアル・ライツ>」「女
性と〜」「男性と〜」「老年と〜」「マイノリティと〜」等の章が
あり、性に関する網羅的な知識を得るうえで非常に参考になります。)
・山本直英『いまこそ豊かな性教育を』、大月書店、1994年