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脳死判定・最新の研究から
船橋市立医療センター脳神経外科 唐澤秀治

2001年3月14日


解明進む脳死の実態

 1997年10月16日に臓器の移植に関する法律、いわゆる臓器移植法が施行され、3年以上が経過しました。ここ2―3年で脳死に関する新しい知見がいくつか得られています。21世紀初頭にあたり、従来の知見に最新の知見も含め、脳死とはどのような状態なのかということを6つの項目に分けて紹介させていただきます。特に一般の方々およびマスメディアが抱く脳死のイメージは、実際の脳死状態と比べるとかなり異なっている、ということを説明したいと思います。

1) まず最初に、一般的に「脳波が平らだと、もうだめだ」と思ってはいませんか。これは超急性期においては必ずしもそうではありません。

 脳波活動は超急性期には復活することがあります。船橋市立医療センターにおける統計を提示します。心肺停止による全脳虚血、つまり脳に血液がいかなかった例に対して心肺蘇生術を行いました。ほとんどの例は、心活動が再開しても、頭皮上脳波の活動は認められません。しかし、血圧がなんとか維持でき低体温療法を含めた集中治療を行ったところ、17例中16例で脳波活動は復活してきました。復活してきた時間は発症から6-38時間でした。そしてこのうち4例が社会復帰しました。3例は植物状態となり、10例は再び脳波活動が消失しその後心停止し死亡しました。このように、心肺停止という最も重症な患者の脳波が平らに見えても発症から24時間から48時間以内は回復する可能性があるのです。この時期には決して脳死判定を行ってはいけないのです。たとえ家族からドナーカードの提示があったとしても、この時期は救命に全力を尽くす時期なのです。

2) 第2番目に、一般的に「脳死状態になると数日で心臓が止まってしまう」と思ってはいませんか。これも必ずしもそうではありません。

 1998年にカリフォルニア大学のシューモン(Shewmon)により、脳死状態での生存期間に関する論文が発表されました。約30年間の世界中の文献を収集したところ、脳死状態になってから1週間以上生存した例が175例ありました。最初の2-3ヶ月までは生存率は半減していきましたが、その後あまり死亡しなくなり、半年以上生存した例も7例ありました。人工呼吸器をつけたまま退院した例は合計7例存在し、そのうち6例は介護施設にはいり、1例は自宅退院しました。最長生存例は、14年半であり、調査時点でも人工呼吸器を使用しながら自宅で生存していたということです。この1例を除く174例はすべて死亡していました。脳死状態からの回復例は1例も存在しませんでした。

 脳死状態になれば必ず近々心停止に至るという従来の知見は見直されるべきといえます。このように脳死状態の中には、絶対的に不安定で近々心停止になる群と、比較的安定し長期に生存可能な群があります。移植側からみれば前者の絶対的不安定短期心停止群は、多臓器障害があり、移植には適さないのです。後者の長期生存群は、脳死状態でも全身の恒常性は維持され、特別の治療をしなくとも人工呼吸管理と栄養管理により長期生存が可能になっているのです。移植に適するとすればこの長期生存群なのです。救命救急医はその専門職である救命医療に十分時間をかけてよいのです。決して脳死判定を急ぐ必要はないのです。

 以上、脳死状態になっても必ずしも数日で心臓が止まるわけではありません。家族も急いで結論を出す必要はありません。十分にお考えになって良いのです。

3) 第3番目に、一般的に「脳死状態になると体は動かない」と思ってはいませんか。実は動く場合の方が多いのです。

 2000年にアルゼンチンのサポスニク(Saposnik)は、38人の脳死患者に対して前向き調査を行い、14人(37%)に反射的または自動的な動きを認めたと報告しました。これらは、手の指を反射的に屈曲させたり、上肢を伸展回内させたり、足の指を波のように動かしたり、下肢を屈曲させたりする動きであり、脊髄反射・脊髄自動反射とよばれています。脳の機能が消失しても脊髄の機能が残存していればこのような動きが生じるといわれています。これらの動きの中で最も有名なのはラザロ徴候です。これは、脳死患者の約8%に認められる両上肢を挙上させる動きのことであり、1984年にマサチューセッツ総合病院のロッパー(Ropper)により報告されました。キリストが死から4日後に復活させたラザロという男性にちなんで、「ラザロ徴候」と命名されましたが、ラザロ徴候を示した脳死状態から本当に復活した患者は1例もなく、全例死亡しています。ラザロ徴候は、無呼吸テスト中または脳死状態と判定されてから人工呼吸器をはずした後に出現します。

 また、1973年のデンマークのヨルゲンセンによる報告では、死後の病理解剖で脳が構造分解し融解が生じていた8例に限ると、脊髄反射は7例(88%)と高率に出現していました。すなわち、脳死状態では、脊髄反射があるかどうかの検査を行えば脊髄反射や脊髄自動反射を認める場合の方が多いのです。脳死状態の患者は「動く」のです。脳死判定医は、脊髄反射・脊髄自動反射などの動きがかなり高率に見られるということを家族にあらかじめ十分に説明しておく必要があります。

4) 第4番目として、一般的に「脳死になればなにもかもだめになる」と思ってはいませんか。これは誤りです。

 脳死状態では、思考、知能、記憶、感情、知性、意欲、随意運動、眼球運動、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚などの感覚、言語、嚥下、呼吸、体温調節などの脳の機能が失われます。しかし、脳とともに中枢神経系を構成する脊髄にもいろいろな中枢が存在するのです。しかも脳からの影響がなくなってから脊髄には自動性が生じてきます。脊髄の機能が残存すれば、さまざまな生理現象は存在するということになります。つまり、脳死状態でも脊髄反射は存在します、瞳孔も長時間の観察では変化します、涙や唾液も分泌されます、体温を一定に保つことはできませんが皮膚の温度や色は変化します、とりはだもたつことがあります、刺激により心拍数や血圧が上昇することもあります、消化吸収も行なわれます、免疫機能も存在します。このような状態が脳死状態なのです。なにもかもだめになっているわけではありません。

 このような脳死状態を「人間として意味がない」と考えるかどうかは、家族によって異なります。シューモンの報告にあるように、1998年の時点で14年半にわたって生存している例は1例だけ存在しました。しかし、21世紀初頭において脳死状態から回復した例は1例もないこともまた事実です。

5) 第5番目に、一般的に「意思表示カードの記入方法は簡単だ」と思ってはいませんか。これも誤りです。

 意思表示カードはドナーカードにもなります。またノンドナーカードにもなります。しかし、患者さんと家族に臓器提供の意思があってもカードの記載方法に誤りがあれば、そのカードは無効になってしまいます。日本臓器移植ネットワークの統計によると、臓器移植法施行後約3年間で脳死状態前後に確認された臓器提供意思表示カードは231枚でした。このうち実に25枚(11%)に記載上の不備があり、意思表示は無効となってしまったそうです。無効とされた理由の約8割は、番号に○がついていなかったということでした。意思表示カードの記入方法は決して簡単なものではありません。もし意思表示をする場合には、記載は正確に行う必要があります。

6) 第6番目に、一般的に「臓器提供は命の贈物」だと思ってはいませんか。これも大きな誤りです。

 法に基づく脳死判定・臓器提供・臓器移植の報道に接するとき、救命施設からみると非常に違和感を覚える言葉があります。それが「命の贈物、命のリレー」という言葉です。これらの言葉は、法的脳死判定後に摘出された臓器が搬送され移植されるときに使われます。しかし救命施設にしてみれば、ドナーの命は既に失われているのであって、贈物にもならないしリレーもされません。ドナー家族と救命施設からみると、それは「善意の贈物であり、善意のリレー」なのです。なぜなら死亡した患者は「命をプレゼントしよう」と思っていたのではなく、「死んだ後でも社会の役に立ちたい」と思っていたからです。命を失った患者は、他人の中ではなく家族の心の中で生きつづけているのです。「あなたの意思を生かしてあげたよ。死んだ後でも社会の役にたっているよ。わたしたちはあなたのことを決してわすれないよ。」といって、家族と関係者の心の中に生きているのです。

 それでは患者家族と救命施設における命のリレーとは何でしょうか、それは心肺停止の患者に対する超急性期の連携治療なのです。突然に心停止が生じたとき、約10秒で意識はなくなり、30秒で脳波は平らになり、60秒で無呼吸および瞳孔散大となり、3-5分で平坦脳波は不可逆的になるといわれていました。心肺停止になったとき、第1発見者が心臓マッサージをし、先着の救急隊が救命処置を行い、そしてドクターカーがかけつけ、現場で救命治療を行うとどうなるのでしょうか。その後救命救急センターで治療を行うとどうなるのでしょうか。船橋市立医療センターのデータを次にお示しします。

 平成5年度から平成11年度までの7年間にドクターカーが出動した心肺停止症例は1,976人でした。これらのうち、25%にあたる488人がドクターカーによる現場での治療により心拍が再開しました。そして心拍再開例のうち9.4%にあたる46人が社会復帰したのです。このように、患者家族と救命施設側からの命のリレーとは、心肺停止の患者を連携医療により救命し社会復帰させることなのです。命のリレーにより心肺停止の1/4で心活動が復活し、そのうち約10%が社会復帰できるのです。
 以上、臓器提供は命の贈物ではありません。それは善意の贈物なのです。

 
正確な脳死判定のために

 前回は最新の研究成果を含めて、脳死とはどのような状態なのかを説明しました。一般の方々およびマスメディアが抱く脳死のイメージと実際の脳死とはかなり異なっているということがおわかりいただけたと思います。今回は、脳死判定をいかに正確に行うか、そしていかに安全に行うかについて、5つの項目に分けて説明いたします。

1)まず最初に、脳死判定の正確性についてお話しします。

 臓器移植法が施行されてから3年がたち、法的脳死判定が行なわれた事例も10例以上になりました。混乱が生じた例もあり、国民の中には、「脳死判定は絶対に正確なのだろうか。」という疑問もあると思います。

 最近の論文から脳死判定の正確性について検討してみます。
 1991年にチリのカスティロ(Castillo)らは、神経内科医と脳神経外科医を対象として、脳死判定に関する臨床的及び法律的な知識レベルを調査しました。解答が誤ってい、または解答できなかった割合は37%と高率でした。最もミスが多かったのは、無呼吸テストと法律に関することでした。この結果は日本にも当てはまると考えられます。臓器提供施設の脳死判定医は、法的な脳死判定について十分に学んでおく必要があります。

 ミシシッピー大学のフラワーズ(Flowers)は2000年に脳死判定における正確性という論文を発表しています。無呼吸テストも含めて脳死であると判定した71例のRI脳血管撮影の所見と臨床経過・転帰について後向き調査を行いました。RI脳血管撮影では71例中70例で動脈性の脳血流を認めませんでした。1例は第1回目の検査で脳血流の残存を認めましたが、24時間後の第2回目の検査では脳血流は消失していました。71例全例回復を示さず、生存者は一人もおらず、脳死判定は100%正確であったと結論付けています。

 ただし、この100%の正確性を確保するためには次のような条件が必要となります。検査する医師は脳死判定に関して経験豊富な医師であること。除外すべき条件を確実に除外すること。外傷などで検査ができない場合も除外すること。無呼吸テストでは、血液ガス分析で二酸化炭素分圧が60mmHg以上を確認すること。確実に判定できないときは時間をあけて再検査することなどです。

 わが国の臓器移植法における脳死の定義は「全脳死」の立場であり、「脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至った」と脳死判定医が自信を持って判定する、すなわち確信できるものでなければなりません。臓器移植法の施行規則で定められていることは、脳死判定の最低限の条件すなわちMinimum requirementです。これを守った上で、現在の医学基準と医学的知見に基づき、脳死判定医が自信をもって「脳死である」と宣告できるものでなければなりません。

2)第2番目に、脳死判定における薬剤の影響消失について説明します。

 臓器移植法施行規則には、「脳死判定に当たっては、中枢神経抑制薬、筋弛緩薬その他の薬物が判定に影響していないことを確認するものとする」となっています。しかし、これらの薬剤名およびその影響消失時間については明記されておりませんし、一定の基準も示されておりません。

 臨床医学的には、最小有効血中濃度の1/2以下になれば脳死判定に決定的影響はないと思われますが、これは個人的な見解です。船橋市立医療センターでは、全国の薬剤メーカー20社の協力を得て、薬剤の影響消失を総合的に判断するために役立つ薬剤リストを作成しました。これにより、次のような事柄が明らかになりました。

● 船橋市立医療センターで治療薬として使用し、しかも脳死判定に影響する薬剤は、28種類にのぼる。
● 投与中止後24時間以内に最小有効血中濃度の1/2になるのは、28種類のうち約30%である。
● 半減期が24時間以上という薬剤も7種類存在する。
● 原薬が体内で代謝され、この代謝物が原薬と同様の作用をもっているもの、すなわち活性代謝物に関しても考慮すべきである。ディアゼパムのように原薬の半減期が3日であるのに対して、活性代謝物の半減期が5日になる薬剤もある。

 次に薬剤の血中濃度測定と有効濃度域について説明します。
 船橋市立医療センター薬剤部の調査では、脳死判定に影響する治療薬28種類のうち、薬学的に有効域がわかっていないものが約60%存在しました。「脳死判定においては薬物の濃度を測定すればよい。」という発言がよくきかれますが、これは認識不足です。そもそも有効域がわかっていない薬剤では、血中濃度が測定できたとしてもそれは意味がないのです。もちろん有効域がわかっている薬剤に対しては、血中濃度を測定する体制を整備しておくことは非常に重要です。船橋市立医療センターでは、検査科と薬剤部で合計9種類が測定可能となっています。

 次に筋弛緩薬と神経刺激装置について説明します。筋弛緩薬によりいろいろな筋肉が弛緩すると、脳死判定において、意識レベル・脳幹反射・無呼吸テストに影響がでてきます。筋弛緩薬の影響消失については、神経刺激装置により確認することができますので、臓器提供施設はこのような準備もしておくことが必要となります。

 薬剤の影響が脳死判定に影響しないかどうかは、脳死判定医が総合的に判断することになります。この総合的判断のためのガイドラインおよび薬剤リストは、今のところ厚生労働省からは示されておりません。現時点における対策としては、それぞれの施設が独自に薬剤リストを作成しておくしかありません。腎機能障害、肝機能障害があると、薬剤排泄は遅延し、薬剤の影響はかなり長く残存しますので注意が必要です。また、影響があるかどうか不明の場合には、少なくとも48-72時間は様子をみることが大切です。

3)第3番目に、脳波検査について説明します。

 まずご理解いただきたいのは、法的脳死判定の基準にある「平坦脳波」という用語は医学的には使用禁止用語になっているという事実です。いわゆる「平坦脳波」の定義は「脳波が平らなこと」ではなく、脳波計の内部雑音以上の脳波が全く認められないことであり、国際的には「脳電気的無活動」という用語を使用することになっています。正常では脳波の振幅は約20-70μVであり、脳の活動が微弱化すると振幅は10μV以下になります。それに対して、脳波計の内部雑音は約2μVです。脳波の記録線には幅がありますので、通常感度では微弱な波形は記録線の中にかくれるかまたは少しはみ出るのみになってしまいます。感度を5倍にすることにより微弱な脳波記録線の外に描出されます。しかし高感度記録では脳波だけでなく雑音も増強されますので、あらかじめ雑音対策を十分にとっておく必要があります。脳の機能が消失していても心臓が活動している脳死状態では、高感度脳波記録において、心電図と脳波計の内部雑音は必ず描出されます。つまり脳死状態の脳波は決して平坦にはなりません。

 また、わが国の基準では部分的に高感度にすればよいとなっているだけですが、国際的には5倍の高感度で30分以上記録することとなっています。これは20分の間隔で間歇的に発生する微弱な脳波活動をとらえるためです。

 この感度と記録時間以外に脳死判定における脳波検査では電極間距離、フィルターの条件などいくつかの技術基準が定められています。勘違いしてはならないのは、これらの基準は脳波を平らにする基準ではなく、微弱な脳波活動を記録するための基準だということです。

 現在わが国では、脳波検査の約8割は生理検査技師により行われています。脳死判定医のほとんどは脳波検査を行う技術をもっておりません。このように脳波検査における生理検査技師の役割は非常に重要です。今後、研修会や研究会において、脳波検査を行う技師の技術を高めることと脳波記録を判読する脳死判定医の判読能力を高めることが必要といえます。

4)第4番目に、無呼吸テストの安全性についてお話します。

 2000年に、アルゼンチンのサポスニク(Saposnik)は無呼吸テスト中の合併症として、低酸素血症が23%に、低血圧が12%に生じていたと報告しました。そして、無呼吸テストの合併症は、従来報告されているよりも多いのではないかと述べています。さらに重要なのは、無呼吸テスト中に気胸が生じ心停止した1例を報告したのです。無呼吸テスト中の心停止に関しては、1990年にマークス(Marks)が1例、1998年にガッドバー(Gad Bar)が1例報告しています。

 無呼吸テストのためにどうしても必要となるのは十分な酸素化です。酸素化はテスト前にもテスト中にも行う必要があります。人工呼吸器による換気は止めますが、酸素は投与しつづけます。このとき特に注意を要するのは、気管内カニューレによる気圧外傷です。気圧外傷は、気管内に挿入された酸素カニューレが太い、またはカニューレが気管または気管支にはまり込み、投与された酸素の逃げ道がなくなる場合に生じます。結果として、気胸・縦隔気腫・皮下気腫などが形成され、心停止に至ることもあります。気管内カニューレによる酸素投与法に比べ、人工呼吸器を連結したままで定常流の酸素を流し持続陽圧をかけるペレルの方法はより安全であると考えられます。

 脳死判定医は、このような無呼吸テストの危険性を認識し、テストを行う前に必ずその安全性を確認しておく必要があります。もし、「この患者の場合、無呼吸テストは危険である」と総合的に判断したならば、決して無呼吸テストを行ってはなりません。また、テストの途中で危険な状態に陥ったならば、その時点で無呼吸テストを中止すべきです。

5) 最後に、死の実感についてお話しします。

 主治医が「患者は医学的に脳死状態である」という説明をしたとき、家族がそれをどのように受け入れるのかは、個々の事例により異なります。脳死状態がどのような状態かを理解できる家族もいれば、いくら説明を受けても理解できない家族もいます。茫然自失する家族、泣きくずれる家族もいます。患者がこのように重症になったのは自分のせいだと自分自身を責める家族もいます。

 救命救急センターに入院した最重症患者がいわゆる脳死状態となったとき、家族が心停止後の腎臓・眼球などの提供を希望することがあります。「本人は常日頃から社会の役にたちたいと言っていた。本人の意思をかなえてあげたい。」というのが理由です。

 移植コーディネーターの説明をきき、心停止後の臓器提供を承諾した後、家族はどのような気持でいるのでしょうか。臓器提供の承諾をした後でも、家族は患者のそばにいます。強く手を握りしめたり、懸命に手足をさすったりしています。そして「がんばれよ。」などと声をかけています。つまり、心停止後の臓器提供を承諾していても、家族はまだ死を実感していないのです。

 家族の選択により心停止前に人工呼吸器を外すこともあるし、使用し続けることもあります。心停止後に死亡宣告をすると、家族は「よくがんばったな。もう楽にしていいんだよ。後のことは心配するな。残された者ががんばるからな。」などと声をかけます。主治医に「ありがとうございました。」と礼をいい、移植コーディネーターの手を握りしめながら、「意思を生かしてください。よろしくお願いします。」という家族もいます。これらは、家族が「死を実感」したから自然にでてきた言葉なのです。

 移植に関係しない死と同じように、そして心停止後に移植を行う場合と同様に、法的脳死判定・臓器提供においても家族が「死を実感」できるかどうかが、最も大切であると思います。死の実感があって初めて患者は家族の心の中で生きつづけることができます。主治医も病院も、そしてマスメディアも決して圧力をかけてはいけません。決して手続きを急いではなりません。

 脳死移植とは、家族が患者の死を予感した中で、なおかつ患者の意思を生かそうとする決断の上に成り立つものです。いわゆる「臓器提供施設」が提供しなければならないのは、まず救命医療であり、十分な説明であり、そして家族が死を予感し実感することが可能な、ゆったりとした時間と優しい環境なのです。この延長線上にのみ脳死移植は存在します。

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