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松本歯科大学紀要第26輯 1997 p.1-13
倉持武 「脳死・移植・自己決定 -- 脳死臓器・組織移植に関する倉持私案 --」より


脳死臓器・組織移植に関する倉持私案


(この法律の趣旨)
第一条
この法律は、提供者の善意を活かし、移植適応者の救命等のために、脳死体から臓器・組織を摘出することに係わる必要な事項を規定するものとする。


(基本理念)
第二条
脳死した者が有していた、自己の臓器・組織の移植術に使用されるための提供に関する意志は、尊重されなければならない。

2
移植術に使用されるための臓器・組織の提供は、任意にされたものでなければならない。

3
移植術に使用されるための臓器・組織は人道的精神に基づいて提供されたものでなければならない。

4
臓器・組織の移植は、移植適応者に対して適切に行われなければならない。

5
移植適応者に係わる移植術を受ける機会は、公平かつ公正に与えられなければならない。このために移植術は、拒絶反応の可能性の最も少ない適応者を優先し、これが複数の場合は、最重症の適応者を最優先するものとする。


(国及び地方公共団体の責務)
第三条
臓器の移植に関する法律案(以下「法案」という)


(医師の責務)
第四条
医師は脳死体からの臓器・組織の移植を行うに当たっては、診療上必要な注意を払うとともに、提供者の家族ならびに、移植術を受ける者及びその家族に対し、必要な説明を行い、その理解を得なければならない。

2
脳死診断医による、提供者の家族又は家族がいない場合は代表弁護士に対する脳死診断に係わる説明は、脳死に至るまでの診療及び脳死診断に係わる全部の記録を書面により示し、その謄写を二部家族又は代表弁護士に提出し、弁護士立会のもとに、行うとともに、臓器・組織の摘出以前にその理解を得るものでなければならない。

3
移植適応認定医及び移植医による、移植術を受ける者及びその家族に対する説明は、移植適応認定に至るまでのしかるべき診療記録及び移植される臓器・組織の関連学会における移植適応審査の結論を書面により示し、その謄写を二部本人又は家族に提出し、弁護士立会のもとに、行うとともに、移植手術以前にその理解を得るものでなければならない。

4
前項に規定する説明は次の各号に掲げる事項を欠いてはならない。

  1. 手術方法
  2. 手術死の予想される確率
  3. 手術直後、集中治療室、一般病棟及び退院後10年までにそれぞれ必要とされる各種検査及び処置
  4. 前号に規定するそれぞれの時期に予想される、副作用、合併症、再移植術の必要性を含む、具体的な生活形態
  5. 国内、海外及び世界でこれまでに行われた当該移植術に関する、1年、3年、5年、7年及び10年生存率、生着率及び再移植率を含めた移植者の具体的な生活形態

(定義)
第五条
この法律において臓器とは、人の心臓、肝臓、肺、膵臓及び脾臓をいい、組織とは、人の心外とう膜、心臓弁、胃、小腸、大腸、内耳、骨、関節、じん帯、軟骨、筋膜、皮膚、血管、骨髄及び血液をいう。


(臓器・組織の摘出)
第六条
医師は、脳死を個体死と認める者が脳死と診断された場合、脳死と診断された者が生存中に当該臓器・組織を移植術に使用されるために提供する意志を書面により表示し、その旨の告知を受けた配偶者及び一親等の親族又は配偶者及び一親等の親族がない場合は三親等までの生計を共にする家族又は三親等までの生計を共にする家族がない場合は代表弁護士が、当該臓器・組織の摘出を承諾したときには、脳死体から移植術に使用されるための臓器・組織を摘出することができる。

2
前項に規定する脳死体とは、不可逆性脳不全と診断された者のうち、脳内酸素供給停止に至った者をいう。

3
不可逆性脳不全の診断は次の各号に掲げる条項を改訂した「厚生省基準」により行う。不可逆性脳不全診断に際しては、その一項目でも欠けるときは、不可逆性脳不全と診断してはならない。

  1. 診断基準名を含めて「脳死」と表記されたしかるべき語句を全部「不可逆性脳不全」に改訂する。
  2. 前提条件を次の条文に改訂する。
    1. CTスキャンもしくはMRIを用いた画像診断によって示される器質的脳障害により深昏睡及び無呼吸を示している症例
      深昏睡とはIII-三方式で三○○、グラスゴー・コーマ・スケールで三でなければならない。無呼吸とは検査開始の時点で、人工呼吸により呼吸が維持されている状態である。
    2. 原疾患が確実に診断されており、それに対し現在行い得るすべての可能で適切な治療をもってしても、回復の傾向が全くみられないと判断される症例
    3. 前項にいう回復の傾向は、6時間経過をみて判断するが、脳炎、髄膜炎、二次性脳障害及び6才以上18才までの者では12時間の観察期間をおく。
  3. 判定基準(6)時間経過、ならびに判定基準の留意点(3)補助検査及び(4)時間経過は削除する。
  4. 脳死の診断は次に掲げる諸検査によって行う。脳死の診断に際しては、その一項目でも欠けるときは、脳死と診断してはならない。
    1. 不可逆性脳不全診断終了時刻より6時間の観察期間中、回復の徴候を全く示さないこと
    2. 大脳視覚性誘発反応、皮膚感覚性誘発反応及び聴覚性誘発反応検査の結果がトポスコピー法によって示され、各誘発反応電位の消失が証明されること
    3. アトロピン検査及び体温調節機能検査によって、自律神経中枢の孤立化が証明されること
    4. 尿崩症検査によって、視床下部内分泌機能低下又は消失が証明されること
    5. 不可逆性脳不全及び脳死の診断に係わる全項目は、不可逆性脳不全診断基準の前提条件の項目は除いて、SPECTもしくはPETによる、脳血流停止、脳糖代謝消失又は脳酸素代謝消失の証明をもって代えることができる。この場合はPETによる脳血流停止、脳糖代謝消失又は脳酸素代謝消失の直接証明であることが望ましい。

(死亡時刻)
第七条
前条に基づく臓器・組織の摘出が行われる場合に限り、脳死診断終了時刻を死亡時刻とする。


(臓器・組織摘出の制限)
第八条 次の条文に改訂した、日本弁護士連合会「<臓器の移植に関する法律案>に対する修正案」(以下、「日弁連案」という)

第八条
医師は、第六条の規定により脳死体から臓器・組織を摘出しようとする場合において、当該脳死体について刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第二百二十九条第一項の検視その他の犯罪捜査に関する手続が行われるときは、当該手続が終了した後でなければ、当該脳死体から臓器・組織を摘出してはならない。
2
医師は、第六条の規定により脳死体から臓器・組織を摘出しようとする場合において、当該脳死体について刑事訴訟法に定める検視その他の犯罪捜査に関する手続が行われるときは、その手続を行う検察官又は司法警察員が司法解剖を必要とすると判断したとき又は当該臓器・組織の摘出が捜査を妨げるものとして異議を述べたときは当該臓器・組織を摘出してはならない。
3
医師は、第六条の規定により、脳死体から臓器・組織を摘出しようとするときは、当該脳死体が、確実に診断された内因性疾患により脳死に至ったことが明らかな場合以外は、その脳死体が現在する場所を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官に次の各号に掲げる事項を通知しなければならない。
  1. 脳死体が現在する病院などの場所
  2. 脳死体の氏名その他参考となるべき事項
  3. 摘出する予定の臓器・組織の種類
4
前項の通知を受けた検察官は、当該脳死体を臓器・組織摘出にあたる医師以外の監察医その他法医学の学識経験を有する医師の立会の下で検査し、司法解剖の必要性の有無を判断すること、又はその他脳死体からの当該臓器・組織摘出が脳死を生ぜしめた原因の解明に支障となると認めるときには当該臓器・組織の摘出に対して異議を述べること、ができる。
5
日弁連案
6
前第四項により、司法解剖を必要とすると判断されたとき又は脳死体からの当該臓器・組織摘出に対して異議が述べられたときは、医師は、脳死体から当該臓器・組織を摘出してはならない。

(礼意の保持)
第九条 次の改訂を施した法案

1 「死体」を「脳死体」とする。

2 「臓器」を「臓器・組織」とする。

3 第二項「2 提供者への礼意を保持するため、同一提供者からの移植術に使用されるための臓器・組織の摘出は、第五条にいう臓器及び組織の各一を限度とする。移植術に使用されるための組織の限度量は厚生省令において定める。」を加える。


(使用されなかった臓器・組織の処理)
第十条 次の改訂を施した法案

1 「死体」を「脳死体」とする。

2 「臓器」を「臓器・組織」とする。


(記録の作成、保存及び閲覧)
第十一条 次の改訂を施した日弁連案

1
第一項を「医師は、第六条の診断(当該診断に係わる脳死体から同条の規定により臓器・組織が摘出された場合における同条の診断に限る)」、同条の規定による臓器・組織の摘出又は当該臓器・組織を使用した移植術(以下この項において「診断等」という)を行った場合には厚生省令において定めるところにより診断等に関する記録を作成しなければならない。」とする。

2
第二項の「15年間」を「20年間」とする。

3
第三項を「前項の規定により第一項の記録を保存する者は、第六条に規定する移植術に使用されるための臓器・組織の提供を承諾した者その他厚生省令で定める者から当該記録の閲覧又は謄写の請求があった場合には、脳死診断及び臓器・組織摘出に係わる当該記録の閲覧又は謄写を認めなければならない。」とする。

4
第四項「4 前第二項の規定により第一項の記録を保存する者は、第六条に規定する移植を受けた者、第四条第三項に規定する説明を受けた家族又は立会弁護士その他厚生省令で定める者から当該記録の閲覧又は謄写の請求があった場合には、移植術に係わる当該記録の閲覧又は謄写を認めなければならない。」を加える。


(臓器・組織売買等の禁止)
第十二条 「臓器」を全部「臓器・組織」に改訂して、法案


(業として行う臓器・組織のあっせんの許可)
第十三条 次の改訂を施した法案

1 「臓器」を全部「臓器・組織」とする。

2 「死体」を「脳死体」とする。


(秘密保持義務)
第十四条 「臓器」を全部「臓器・組織」に改訂して、法案


(帳簿の備付け等)
第十五条 次の改訂を施した法案

1 「臓器」を全部「臓器・組織」とする。

2 「5年間」を「10年間」とする。


(報告の徴収等)
第十六条 「臓器」を全部「臓器・組織」に改訂して、法案


(指示)
第十七条 「臓器」を全部「臓器・組織」に改訂して、法案


(許可の取消し)
第十八条 「臓器」を全部「臓器・組織」に改訂して、法案


(経過措置)
第十九条 法案


(厚生省令への委任)
第二十条 法案


(罰則)
第二十一条 「第十一条」を「第十二条」に改訂して、日弁連案第二十条

第二十二条 「第十二条」を「第十三条」に改訂して、日弁連案第二十一条

第二十三条 次の改訂を施して、日弁連案第二十二条

1 「第九条」を「第十条」とする。

2 「第十条」を「第十一条」とする。

3 「第十三条」を「第十四条」とする。

4 「第十四条」を「第十五条」とする。

5 「第十五条」を「第十六条」とする。


(法人の両罰規定)
第二十四条 法案


(没収)
第二十五条 法案


(附則)
(施行期日)
第一条 法案

(検討等)
第二条 次の改訂を施して、法案

1 第一項の「臓器」を「臓器・組織」とする。

2 第三項を「関係行政機関は、第八条に規定する場合において、当該脳死体に対する刑事訴訟法第二百二十九条第一項の検視その他の犯罪捜査に関する手続と第六条の規定による当該脳死体からの臓器・組織の摘出との調整を図り、犯罪捜査に関する活動に支障を生ずることなく臓器・組織の移植が円滑に実施されるよう努めるものとする。」とする。

3 第四項「4 関係行政機関は、前項の目的を達成するために、第八条に規定する手続について、法医学を専門とする医師が関与する制度とするよう努めるものとする。」を加える。


(許可の取消しに係わる手続に関する暫定措置)
第三条 法案

(角膜及び腎臓の移植に関する法律について)
第四条
角膜及び腎臓の移植に関する法律(昭和54年法律第63号)は、その第四条を「医師は、当該脳死体について刑事訴訟法に定める検視その他の犯罪捜査に関する手続が行われるときは、その手続を行う検察官又は司法警察員が司法解剖を必要とすると判断したとき又は当該臓器の摘出が捜査を妨げるものとして異議を述べたときは当該臓器を摘出してはならない。」と改訂する。


(多臓器・多組織移植について)
第五条
多臓器・多組織移植については、別に法律を定める。


(経過措置)
第六条
法案の第十条を第六条として残す。他は全部削除。


(費用について)
第七条
リンパ球交叉試験及びヒト白血球抗原適合性検査費用及びそのための採血費用ならびに不可逆性脳不全診断費用を含めて、医学的もしくは刑事訴訟法上の事由により移植が行われなかった場合においても、脳死診断、臓器・組織摘出及び移植術に係わる費用は、原則として全部移植術を受ける者が負担するものとする。


(努力義務)
第八条
移植適応認定医、脳死診断医、移植医及び移植医療関連機関は、一般医療に支障をきたさないよう努めるとともに、移植医療を円滑に行うため、次の各号に掲げる事項の可及的すみやかな実現に努めるものとする。

1 提供者とその家族の臨終の場に充分配慮し、家族に精神的後遺症を残さない。

2 人間の危機的状態にともなう複雑な心の問題に対応しながらケアできる移植看護臨床の専門家を養成する。



(法案作成 1996年11月21日)